アートテラー・とに~は吉本興業のお笑い芸人だった頃、趣味でアートブログを執筆。現在、独自の切り口から美術を紹介する「アートテラー」として活動している。フェルメールの作品が来日するなど、今年は美術展の当たり年だといい、上野の森美術館では「シンシナティ美術館展」が開催中。84点の作品はほぼ初来日。ファン・ゴッホは27歳から絵画製作を始め、37歳で死去した。「ポプラ林の中の二人」は最晩年の作品。ゴッホは未亡人のケーに会うべく、「ろうそくの火に手をかざすので、その時間だけ会わせて」とケーの父親に直訴。だが、願いは聞き入れられなかった。続いて、アルフレッド・シスレーは風景画を生涯にわたって描き続けた。ルノワール、モネといった印象派の画家たちは自らの画風を確立していくが、シスレーは初期の画風を愚直に貫いたという。
クロード・モネの「ベリールの岩場、ポール=ドモワ」を紹介。モネにとってはターニングポイントの作品で、天候の違いを描き分ける興趣に気づいたという。とに~は1828年にチューブ入り絵の具が発明されるまで、アトリエで描くのが主流だったと説明。ジェームズ・ティソは上流階級の生活を緻密な筆致で描いた。古風な画風だが、ブームだった日本の工芸品を描くなど画題は最先端。モーリス・ユトリロはモデル、画家として活躍したシュザンヌ・ヴァラドンを母に持つが、育児放棄され、少年時代から飲酒していた。ヴァラドンはユトリロの親友と再婚し、ユトリロが描いた絵を売って懐に入れていた。結婚後、ユトリロは画風が明るくなっていくという。
クロード・モネの「ベリールの岩場、ポール=ドモワ」を紹介。モネにとってはターニングポイントの作品で、天候の違いを描き分ける興趣に気づいたという。とに~は1828年にチューブ入り絵の具が発明されるまで、アトリエで描くのが主流だったと説明。ジェームズ・ティソは上流階級の生活を緻密な筆致で描いた。古風な画風だが、ブームだった日本の工芸品を描くなど画題は最先端。モーリス・ユトリロはモデル、画家として活躍したシュザンヌ・ヴァラドンを母に持つが、育児放棄され、少年時代から飲酒していた。ヴァラドンはユトリロの親友と再婚し、ユトリロが描いた絵を売って懐に入れていた。結婚後、ユトリロは画風が明るくなっていくという。
