東日本大震災から15年、福島の今を城島、慎太郎、高地が取材。城島らが福島・松川浦を訪れた。松川浦は東日本大震災で高さ9m以上の津波が押し寄せ甚大な被害を受けた。城島らは「遊学の宿 いさみや」を訪れた。松川浦の名物は浜焼き。メインストリートには20軒くらい浜焼き屋があったという。しかし東日本大震災で浜焼きの文化がなくなってしまった。「遊学の宿 いさみや」で使用している、浜焼きの台は津波から生き残った台。メンテナンスして使っているという。最近は浜焼きがまた定着し名物に戻りつつある。震災前はズワイガニ目当てのお客さんで賑わっていたが、現在ズワイガニは水揚げがほぼゼロに。しかし全然捕れなかったマダイやトラフグが急に捕れるようになり、「福とら」というブランド化に成功した。
高地優吾は福島・大熊町を訪れた。大熊町など7つの市町村には一部地域に、帰還困難区域への避難指示が継続中。震災前、人口は約1万1000人いたが、現在は1230人。震災前、お花屋さんを営んでいた蜂須賀さんは避難を余儀なくされ、いまは郡山へ。いつかは大熊町に帰れると信じ続けてきた。家族とは離れ離れになってしまったので会いたいという。離れ離れになり15年。それぞれの生活があり震災前のように一緒に暮らせない人たちも多いという。
城島、慎太郎は福島・浪江町にやって来た。メインストリートと言える商店街は80店舗以上あった。裸祭りや盆踊り、相馬野馬追などが行われてた。今は空き地だらけで商店会は解散してしまった。取材してわかったことは「みんなに会いたい」ということだった。今回は巨大な弓矢を作り、街の人たちと引っ張り的に命中させることに決まった。巨大弓矢作り、協力してくれるのは阿久津材木店の阿久津裕司さんたち。今回は6mの弓を作ることに。目標距離は101m。城島は弓師の南崎さんに連絡を取り、作り方などを教わった。ナラの木を使うことに決まり巨大弓矢作りが始まった。
高地優吾は福島・大熊町を訪れた。大熊町など7つの市町村には一部地域に、帰還困難区域への避難指示が継続中。震災前、人口は約1万1000人いたが、現在は1230人。震災前、お花屋さんを営んでいた蜂須賀さんは避難を余儀なくされ、いまは郡山へ。いつかは大熊町に帰れると信じ続けてきた。家族とは離れ離れになってしまったので会いたいという。離れ離れになり15年。それぞれの生活があり震災前のように一緒に暮らせない人たちも多いという。
城島、慎太郎は福島・浪江町にやって来た。メインストリートと言える商店街は80店舗以上あった。裸祭りや盆踊り、相馬野馬追などが行われてた。今は空き地だらけで商店会は解散してしまった。取材してわかったことは「みんなに会いたい」ということだった。今回は巨大な弓矢を作り、街の人たちと引っ張り的に命中させることに決まった。巨大弓矢作り、協力してくれるのは阿久津材木店の阿久津裕司さんたち。今回は6mの弓を作ることに。目標距離は101m。城島は弓師の南崎さんに連絡を取り、作り方などを教わった。ナラの木を使うことに決まり巨大弓矢作りが始まった。
