テディベアの“テディ”はルーズベルト大統領のこと。日本テディベア協会の田中さんが解説。ルーズベルト大統領は2人いるがテディベアと深い関係なのはセオドア・ルーズベルト。セオドア・ルーズベルトは42歳でアメリカ大統領に就任し、パナマ運河の建設や日露戦争の終結に貢献した。“テディ”はルーズベルト大統領の愛称で、ミシシッピ州知事の招待で熊狩りに行った際に熊を狩ることができず猟犬で子熊をつかまえて差し出されたが、撃つことを拒否したことが新聞記事になり広まった。これを見たモリス・ミクトムがクマのぬいぐるみにテディと名付け売りたいとルーズベルト大統領に手紙を送り、テディベアが誕生した。セオドアはテディ、テッドと呼ばれることが多い。
テディベアが世界的に広まった理由は他にもあり、1902年偶然ドイツのメーカーもクマのぬいぐるみを製造していた。こちらはルーズベルト大統領とは全く関係なく、リチャード・シュタイフという男性がテディベア誕生の1年前に作った世界初のクマのぬいぐるみとされている。1903年、ドイツのおもちゃ見本市をアメリカのバイヤーがみつけ3000体を発注するなどクマのぬいぐるみを大量に輸入したことでアメリカではテディベアの需要が増加し、ドイツでは1907年に97万対以上のクマのぬいぐるみを生産したという。ただルーズベルト大統領自身はテディと呼ばれるのは嫌だったそう。
テディベアが世界的に広まった理由は他にもあり、1902年偶然ドイツのメーカーもクマのぬいぐるみを製造していた。こちらはルーズベルト大統領とは全く関係なく、リチャード・シュタイフという男性がテディベア誕生の1年前に作った世界初のクマのぬいぐるみとされている。1903年、ドイツのおもちゃ見本市をアメリカのバイヤーがみつけ3000体を発注するなどクマのぬいぐるみを大量に輸入したことでアメリカではテディベアの需要が増加し、ドイツでは1907年に97万対以上のクマのぬいぐるみを生産したという。ただルーズベルト大統領自身はテディと呼ばれるのは嫌だったそう。
