この日、松元らは福岡県小郡市立小郡小学校で講演を行い、聴覚障害について子どもたちに伝えていた。松元は小学生時代には運動会のダンスが苦手でリズムが分からないために振り付けを肌感覚で身につけ、サッカーの名門・鹿児島実業高校に入学し、この頃にデフサッカーと出会った。当時のデフサッカー日本代表は自己負担での遠征活動であったため費用を抑えるために練習場所は高速道路の高架下であった。2023年にデフサッカー日本代表のユニフォームにA代表と同じようにJFAのロゴが入ることになってから環境が変わり、去年のアジア大会で初めて自己負担ゼロとなった。2025年4月、デフサッカー日本代表は憧れの地である国立競技場で試合を行った。試合前にはごちゃまぜサッカーイベントが行われ、様々な人が参加していた。デフサッカー日本代表のクリアソン新宿との試合は2-0でクリアソン新宿が勝利となったが、松元らは夢の舞台でサッカーできた喜びや感謝をサポーターに伝えた。
