大阪市西区にあるバルニバービの本社の一室に子会社の運営の代表がバルニバービの社長と会議をしていた。バルニバービは店舗運営子会社が9社もあり、ここにいる8人のうち、6人はその代表。子会社を増やした佐藤はその狙いに頑張った人が報われるようにしたいと、経営者のように頑張れではなく、経営者として頑張れの方が良いと語った。佐藤は1961年に京都で生まれた。祖母が洋食のシェフの経験があり、子どもの頃から料理を習い、熱中したという。24歳でアパレル会社を起業し、フランスのアパレルブランドと独占販売契約を結び初年度から2億円を売り上げるなど、大成功。しかしその3年後にはそのフランスの企業が倒産し佐藤の事業も行き詰まったという。会社を手放し、多額の借金を背負った。借金を返すために死に物狂いで働き、5年後借金を完済。ほっとしたのもつかの間1995年1月に阪神・淡路大震災が発生し、過ごした街が被災した。人生をやり直そうとしていた時に地震が発生し、かつて過ごした街に恩返しをしたいと答えた。
