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「パコパンパ遺跡」 のテレビ露出情報

アンデス文明の発掘に日本の調査隊が参加するようになったのは1958年からだという。1960年にはコトシュ遺跡が発掘されて、そこで交差した手の神殿が見つかった。建物からは権力者を示すものが見つかっていない。また神殿の下を掘ると神殿が見つかり、古い神殿の上に神殿を作るという営みを行っていたことがわかった。また神殿の中で儀礼を行うことだけでなく、神殿を作り変えること自体も儀礼だったのではないかと関雄二は解説した。
最初の神殿は小さなものだったが、立て直すたびに神殿の規模は大きくなってきたという。ワカロマ遺跡でも500年ほどの間に古い神殿が3回建て替えられて、そのたびに大きくなっていることが分かっている。
一方でワカロマ遺跡と全く違った歩みを見せた神殿もある。それはクントウル・ワシ遺跡という巨大な神殿だ。この神殿はある時期から神殿更新を止めて、その前にあった神殿を壊して埋めていたという。その背景には権力者の存在があるのではないかという。実際に遺跡には権力者を示すものが見つかっている。同様にパコパンパ遺跡も神殿更新を止めて新しい神殿を作っている。神殿には古い神殿の壁石を一部再利用していることがわかっている。クントウル・ワシ遺跡とパコパンパ遺跡には違いがあり、クントウル・ワシ遺跡は過去の否定をし、パコパンパ遺跡は過去を利用していることがわかると解説された。
アンデスでは各地で多様な姿を見せながらも、神殿の建設を中心とした社会がしばらく続いた。その後は神殿よりも、軍事や経済を重視する王が登場し、神殿更新も消えていった。

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