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「ヒポクラテスの誓い」 のテレビ露出情報

蔵出しセレクション。2015年放送の「 “医師の罪”を背負て~九大生体解剖事件~」を紹介する。80年前にアメリカ人捕虜を使った生体実験が行われ8人が死亡する事件が起きた。この現場にいた1人の医学生が戦後、罪と向き合い、誤りを語り継ごうとした内容。ゲストは鎌田實さん。医学部に入ると医学概論がありヒポクラテスの誓いという医師の職業倫理の宣誓文を教えられる。産婦人科医の東野利夫さんは事件に向き合ってきた。昭和20年の春。アメリカ軍は沖縄に上陸。4月、19歳の東野さんは九州帝国大学医学専門部に入学。九州帝国大学医学部は、軍への積極的協力が求められていた。石山福二郎教授は、海水を使った代用血液を実験していた。5月5日、B29が大分県の山中に墜落。生き残ったアメリカ兵は福岡へと連行された。機長は情報価値があるとして東京へ送られた。福岡では捕虜をつかって人体実験が行われることになる。生体実験手術は10人あまりいる部屋で行われた。将校が手術の正当性を伝える。若いアメリカ兵はエーテル麻酔で眠らされた。教授は胸にメスを入れる。東野さんの目の前で、捕虜の右の片肺が摘出される。石山教授は「人間は片肺だけで生きられるぞ」と言った。海水を血管に注入。代用血液の実験だ。東野さんは瓶を持った。生体実験は4日にわたった。心臓、胃、肝臓、代用血液の実験。脳の実験、肝臓の実験などが行われる。捕虜の命は奪われた。昭和21年7月、捕虜虐殺の容疑で、石山教授に逮捕命令がくだされた。裁判開始から5か月。医師と看護師全員に有罪が言い渡された。東野さんは起訴を免れた。東野さんの戦後は迷いから始まった。命の誕生を助ける産婦人科医の道を歩んだ。心の傷は想像以上に深かった。精神的に行き詰まり、診療内科に入院。不眠症があった。東野さんは自らが事件と向き合うことを決意した。本当のことを伝えようと思った。自分の運命だという。アメリカ人捕虜はどういう経緯で九州大学に運ばれてきたのか。東野さんは調べはじめた。鎌田實さんは医師には鋼の倫理観がなくてはいけないと言う。2021年に95歳で東野さんは亡くなった。東野さんが集めた史料は、九州大学の医学歴史館で展示された。この生体実験に立ち会った家族の証言も紹介する。

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