沖縄・石垣島。誰もが憧れるコバルトブルーの海。年間約150万人もの観光客が訪れる。そんな石垣島はある問題を抱えていた。漁師たちは長年ある問題に直面していた。深刻なサメによる被害に悩まされていた。実際にサメの被害とはどのようなものなのか、石垣島で漁師をしている花岡の漁に同行させてもらった。電灯潜りという夜の海に潜って魚を獲る漁法で漁をする。午後8時30分、漁が始まった。岩場に眠る魚を照らし、モリで突くという伝統的な漁法。獲った魚はロープにくくりつけるのだが、魚から出た血は海の中で広がっていく。すると、血の匂いを嗅ぎつけたサメが姿を現した。たまらずモリで威嚇。その時、花岡めがけて体当たり。さらに、サメは獲った魚を食い散らかしていった。こうした獲物を奪われる被害は、日常茶飯時。サメの被害に苦しむ漁師がほかにも。玉城朝史、代々続く漁師一家に生まれた。玉城が行うのは、一本釣り漁。十数本の針にエサを付けて魚を狙う。石垣島を代表する漁法。待つこと10分。すると、何やら魚影が。アカマチだ。形が良ければ高値で取引される沖縄三大高級魚のひとつ。こちらの石垣で、人気の高い魚ビタロー。玉城のエサに食いついた魚を追いかける大きな魚影。サメだ。全長2mを超える巨大サメが獲物を狙っていた。釣った魚を見てみると、高級魚アカマチにサメが噛みついた傷跡があった。さらに、てぐすもサメに切断されていた。道具代も馬鹿にならない。サメに出くわすと、その日の売上は3分の1ほどに落ち込む。漁を終え、港へ戻ると、玉城の家族が待っていた。漁師歴40年玉城の父、有三も、石垣の海に危機を感じている。さらに、サメが現れるのは島から離れた場所だけではない。サメが港の中にまで入ってくる。危険はすぐそこまでやってきている。漁師たちはサメによる被害を食い止めようとしていた。昭和50年代に漁協がまとめた資料には、サメによる漁業被害が5億円にものぼると記されていた。そこで昭和54年から、石垣島の漁師たちが力を合わせて、サメを捕獲する取り組みを始めた。凶暴なサメをどうやって捕獲するのか、花岡が見せてくれるというので、同行した。向かったのは、島のすぐ西にあるポイント。サメを捕獲するために、設置した仕掛けを機械で巻き上げていく。すると、仕掛けていたエサが激しく食いちぎられている。巻き上げること20分。
