ファイナルファンタジー初代ディレクター坂口博信が銀座を訪問。ファイナルファンタジーを制作していた1987年当時、会社は銀座にあった。坂口がゲーム業界に足を踏み入れたのは1983年。大学を休学しできたばかりの小さなゲーム会社に飛び込んだ。その頃、ゲーム業界では任天堂が発売したファミリーコンピュータが大ヒット。坂口たちもその波に乗ってゲームソフトを次々に開発したが目立つ結果を残すことはできなかった。ヒット作を生み出せず会社の経営は悪化。社長から檄を飛ばされ途方に暮れていた坂口だったが、1986年にドラゴンクエストが発売されRPGが広く受け入れられたことに衝撃を受けた。容量も少なくRPGには向いていないと思っていたファミコンソフトでのドラクエの成功を目の当たりにした坂口は自分が作りたかったRPGで「ドラクエを超えよう」と決意した。