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「プリウス」 のテレビ露出情報

数ヶ月前、次世代カローラ開発チームの間では専門用語が飛び交っていた。複雑な工業製品の車。開発には400人以上のメンバーが関わる。この会社で車開発のリーダーを担うのが製品企画。現場を束ねる製品企画は社内でアルファベットの最後の文字を取りZと呼ばれる。カローラを受け持つZEのチーフエンジニア・福島さんは年間約200万台を担う。カローラは世界最多累計2500万台を売り上げてきた日本の製造業にとって特別な存在である。高度成長の世の中にあった1966年に生まれ33年連続で国内販売台数のトップとなり大衆車として地位を確立。12台のモデルチェンジを繰り返しながら世界150カ国以上で販売されメイドインジャパンの代名詞となった。だがZは次のモデルでイメージを一新しようとしていた。急速に変化する世界の中で生き残れるか強い危機感からだ。カローラが誕生した60年前、明日が豊かになると多くの人が信じた。しかしこの国は格差が広がり中間層が細りゆく社会に変わった。これまでの常識を覆すライバルも出現。アメリカのテスラはソフトウェアを軸にした革新的な車を作る。社員90万人の中国のBYDはトヨタの6年に対しわずか2年でモデルチェンジ。安さだけでなく電池などの技術でも強みを持つ。開発の中心メンバーを集めたミーティングではZから苦しい実情が伝えられた。中国メーカーによってアジアを中心にトヨタもシェアを奪われ始めている。だがメンバーからは開発の人手について意見が出た。実は次世代カローラにはもう1つ会社の将来に直結する十代なミッションがあった。巨額の費用を投じて10年に1度行う基本骨格の新開発である。プラットフォームは車の土台。1つの骨格を共有しながら異なる上モノ・アッパーを乗せて多くの車を生み出す。その新プラットフォームを最初に投入するのが次世代カローラ。通常はプラットフォームを先に固めてからアッパーを作る。今回は両方を並行させる。開発期間の大幅な短縮が狙いだった。しかもガソリン車から電気自動車まで1つのプラットフォームで対応することを目指すこれまでにない戦略。だが工場での製造を担うエンジニアから声があがった。
1931年、創業開始した本社工場。当時、4615台だった生産台数は今、全世界で995万904台。人口減少と低成長が続く日本においてトヨタは生産や販売のグローバル化を推進進めながらも開発の中心は1棟の建物に起き続けてきた。エンジニアが集結する技術本館。新しい車が出るとバラバラに分解して公開する。部品の75%を要求するのがサプライヤー。のべ6万社の取引先を背負う。強力なライバルと戦うためにカローラチームは試作工程を見直し開発期間を短縮してきた。試作の初期段階から車両評価の担当者がペダル位置を1mm単位で確かめる。550万人の雇用を支える自動車産業。トヨタは模索を続けていた。巨大グローバル企業を率いてきた会長・豊田章男にはもう1つの顔がある。マスタードライバーとして全ての車の最終的な乗り味を決める。サーキットには開発中の車が次々と持ち込まれる。ここなら直談判が可能。創業家出身の豊田章男が社長に就任したのはリーマンショックで会社が初めて営業赤字を出した直後のことだった。さらに最大の危機が起こる。アメリカで起きた大規模リコール。豊田章男は議会の公聴会で証言を求められた。リコール問題の原因として豊田章男は会社が規模拡大を優先してきたことをあげた。至上命題だった販売台数の目標を社長就任当初に廃止。売れ筋に偏っていた商品自体も見直していった。商品発売を決める最重要会議がきた。出席するのは世界中から集まった役員と担当エンジニアたち。この場で開発が中止になった車もあるという。福島さんが次世代カローラの説明をする。販売や収益の計画を話していく。シンプルなものだった。プラットフォーム開発そのものに移っていく。ガソリン車から電気自動車までカバーする意味を技術部門のトップが説明する。社内にもあった電気自動車が一気に普及するという予測は大きく外れた。議論の時間45分。課題を出されながらもカローラとプラットフォームの開発は承認された。
プラットフォームの開発で特に困難なのは衝突安全性能の確保。全ての車で国で異なる基準をクリアしなければならない。高価な試作車は衝突実験に50台以上、必要となる。プラットフォームには命とも呼ばれる大事な骨格がある。車の前方に2本ある主要骨格フロントサイドメンバー。衝撃を安全に吸収して人間を守る。主要部品をあらゆる車で共通化することが効率的な開発に不可欠。プラットフォームは10年、世界中で作る数千万台の運命を背負う。 変わりゆく時代に対応できなければ損失はあまりに大きい。エンジニアは車の乗り味を追及していた。新興メーカーを迎えうつ車屋として譲れなかった。AIが進化し自動運転が普及すればソフトウェアが車の価値を決める時代が来るとも言われている。その時、自動車会社は単なる箱を作る存在になる。スマホのようにテック企業が産業を支配するのかもしれない。今、走りを一から追及し直す新たな車の開発も始まっている。通常の量販車と異なりエンジンを車両の前ではなく真ん中に置くミッドシップ。重いエンジンが真ん中にあることで後輪に十分な荷重がかかりタイヤの駆動力を発揮できる。重心が中央にあることで旋回性も向上。エンジンの分、人が乗る空間が削られるため販売台数は期待しにくい。だが走りの性能は操る面白さを追及し技術を蓄積すること、それは自動車会社として生き残りをかけた戦いに他ならない。開発にはプロのドライバーも参加。ライバル車と乗り比べていく。スポーツカーは伝統的にヨーロッパのメーカーがレースに参戦しながらサーキットで作ってきた。新たなプラットフォームを最初に導入するカローラチームが山場にいた。工場で生産を担当する製造側に設計図面を提出。量産化のため金型製作を始められるか判断する。製造側から思わぬ指摘が出た。残る課題が大きすぎるという。一度、金型を作ると後戻りが出来ないが既に日程にあとがない。だが製造側は引き下がらない。
トヨタは国内外で年間1000万台を生産する。図面の受け取りを拒否した本多さんは安定生産を支える製造技術部門一筋41年間働いてきた。各国の規制やニーズの多様化に応えるため部品の種類や数は増え続けていた。プラットフォームは世界中の工場で作ることになる。戦後の日本経済を牽引してきた自動車産業。人口減少と低成長が続く中、それに変わる基幹産業はまだ見つかっていない。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年9月17日放送 23:20 - 0:21 テレビ朝日
アメトーーク!方向感覚オカシイ芸人
方向音痴あるある。辻は歩いていて画面(景色)が変わると混乱する。狩野は看板や広告を目印にしているが、都内のそれはすぐに変わってしまうので覚えられない。太田は駐車場でどこに停めたかを覚えられず、妻に「アルファードなくした」と報告しタクシーで帰宅。狩野はキーのロック解除ボタンを連打しながら探している。品川は動くものを目印に覚えようとしてしまう。那須川天心の試合を[…続きを読む]

2026年8月13日放送 5:20 - 8:00 TBS
THE TIME,NEWS
トヨタの奥田碩元社長が今月8日、老衰のため93歳で亡くなった。奥田さんは1995に「トヨタ自動車」に就任し、世界展開を推進する一方で、世界初の量産ハイブリッドカー「プリウス」の発売に踏み切った。2002年には経団連の初代会長に就任し、小泉政権では構造改革に強力する財政総理としての手腕を振るった。

2026年8月12日放送 19:00 - 19:30 NHK総合
NHKニュース7(ニュース)
1995年にトヨタ自動車社長に就任した奥田碩氏は1997年に世界初の量産ハイブリッド車プリウスを発売し、収益と成長の柱にした。会長に就任後、活動の中心を財界に移した奥田氏は2002年にいまの経団連の初代会長に就任し、財界総理として存在感を発揮してきた。小泉内閣時代には奥田氏は政府の経済財政諮問会議の民間議員となった。経団連会長を退任する前には、奥田氏は組織ト[…続きを読む]

2026年8月12日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.news file
トヨタ自動車の元社長で、経団連の初代会長を務めた奥田碩氏が亡くなった。日米貿易摩擦のなか、1980年代にアメリカ進出に携わった。

2026年8月12日放送 11:30 - 11:47 フジテレビ
FNN Live News days(ニュース)
トヨタ自動車の元社長で経団連の初代会長などを務めた奥田碩氏が亡くなった。93歳だった。奥田碩氏は1995年に創業家以外で初めてトヨタ自動車の社長に就任し、会社はハイブリッド車のプリウスを量産するなどエコカー戦略で業界を大きくリードした。海外の首脳と会談を重ねるなど対外的にも積極的に活動し、2002年からは経団連の初代会長に就任して活動の中心を財界に移した。小[…続きを読む]

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