ハルウララの馬主は3人目の新たな人物に変わっていたが、その馬主がハルウララの年齢を考慮し競走馬から引退させ、栃木の牧場に移送することを決めた。宗石は馬主の決定に従わざるを得なかった。その後、ハルウララの消息は途絶えた。いつしかハルウララの存在は忘れられていった。それから10年後の2014年、ハルウララのその後の消息が書かれた手紙が届いた。2010年、千葉でマーサファームという牧場を営む宮原優子のもとを1人の女声が訪れていた。マーサファームは馬主から預託料をもらい馬を預かる牧場で、そこには競走馬や流鏑馬、騎馬隊などで活躍した引退馬が多くいた。そこに訪れたのはハルウララの3人目の馬主で、ハルウララを引き受けてくれる牧場を探していた。ハルウララは高知を離れたあと、全国の牧場を転々としていたという。ハルウララはマーサファームにやってきたが、馬主からの預託料が途絶えてしまった。宮原は馬主と交渉し、ハルウララの所有権を譲り受けた。だが、マーサファームは赤字ギリギリで運営していたため、ハルウララを養う余裕はなかった。そこで、宮原は「春うららの会」を立ち上げ会員を募集することにした。
住所: 千葉県夷隅郡御宿町上布施2636-2
