陸軍経理局主計科の軍人だった新庄健吉の遺品を紹介した。遺品にはロシア語の新聞があった。新庄健吉は新聞や公的文書などから国力を分析するスペシャリストだった。1941年1月にアメリカでのスパイ活動を任命された。健吉はニューヨークの三井物産にオフィスに拠点を置く。真珠湾攻撃の半年前に開かれた晩餐会。日米交渉を担当する重要人物に混ざって健吉に姿があった。岩畔豪雄は健吉の分析結果を陸軍参謀本部に伝えたとされる。健吉は渡米から9か月後に44歳で死去した。健吉の葬儀は12月8日、ワシントンで行われた。
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