16位「山口百恵」。1980年10月6日のテレビ欄にあったのは、夜のヒットスタジオ「サヨナラ山口百恵」。「横須賀ストーリー」は、まだ10代だった山口が宇崎竜童に自ら作曲を依頼し生まれた曲だった。その2年後の大ヒット曲「プレイバックPart2」で魅せたのは、低く落ち着いた声と芯のある眼差し。自分の意志を持つ女性という新たなロールモデルとして絶大の支持を得た。女優としても多くの映画に主演し大ヒット、1980年には何度も相手役を務めた俳優・三浦友和と結婚。そして芸能界からの引退を発表し、日本中が騒然とした。映画館の支配人もその引退を惜しんだ。日本武道館で行われたファイナルコンサートには、全国から別れを惜しむファンたちが集結した。男女雇用機会均等法が施行される6年前、“女性は結婚し家庭に入るのが幸せ”と考える人も多かった。家庭に入る彼女の意志をファンたちは尊重した。このファイナルコンサートの翌日、フジテレビの歌番組に最後の出演を果たす。歌手仲間たちに囲まれ歌う最後の曲。その後、時代は移りカムバックを望む声が多くなっても、山口百恵は自分の意志を貫き通している。
