大分県のポツンと一軒家を訪れ、主の光子さんに話を聞いた。この日は三男の豊さんが来ていたが、普段は1人で暮らしている。かつて棚田が4、50枚あったが、現在は4枚だけを残し豊さん兄弟が自家用米を栽培している。元々麓の集落に住んでいたが、祖父の代に田んぼのそばに転居した。牛を飼っていたが78年前に牛小屋が火事になった。母屋も全焼したが、同じ場所に再び茅葺屋根の家を建てた。50年前からは上からトタンを被せている。家の前のバス停には、週1回月曜だけ3便バスが来る。住人の名前がついたバス停は他にも26か所ある。光子さんは診療所に行くときなどに使っており、買い物は息子に頼んだり週1回巡回する移動販売車を利用している。敷地には光子さんが植えた水仙などの花が咲いていた。奥には椎茸の原木があり、椎茸の乾燥小屋もあった。椎茸農家は廃業したため光子さんは使っていないが、息子たちが少量栽培している。戦時中に光子さんの父が掘った自家用防空壕が残っていた。戦時中は山に戦闘機が墜落し、薬莢が田んぼに散乱していた。田んぼには溜池から水を引いており、灌漑と生活用水共用の湧き水も引いていた。
住所: 長野県上田市二の丸3-3
URL: https://museum.umic.jp/hakubutsukan/
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