2003年世界水泳バロセロナの伝説が生まれた。100m・200m平泳ぎ決勝で北島康介は世界新記録で2冠を達成、その強い泳ぎから北島は日本のエースと呼ばれるようになった。北島はエースという存在について「結果をここぞっていう時に残せる選手」「チームに求められるモノを泳ぎで魅了して結果を出すことによって「康介ができるなら」と思ってもらえるような」とした。北島は競泳人生を通してそれを体現、2008年北京五輪では2大会連続2冠の偉業を成し遂げた。次のエース候補となったのは入江陵介、世界一美しいと言われたフォームを武器に頭角を現したが同北京五輪では5位だった。入江は選手宿舎で同部屋であったことで北島のエースの姿勢を学んだとし「メダルを期待されてしっかり獲ること」だったとした。学びと糧に翌年、初出場の世界水泳で初メダルを獲得し意向はメダルを獲り続け、目標としたロンドン五輪ではチーム最多の3つのメダルを獲った。北島が見せたエースの証は受け継がれ新時代のエース松下知之は「一番は結果を残して泳ぐ姿でみんなに魅せたい」とした。