その昔、中仙道の軽井沢地区に江戸時代の半ばから続く亀屋という旅籠があった。江戸時代には宿場町として栄えていたが明治に入ると新たにできた国道から外れ、寂れてしまう。そこに現れたのは2人の西洋人。後に軽井沢を避暑地として広めた宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーと英語教師のジェームズ・メイン・ディクソン。彼らをもてなしたのが亀屋の主人の佐藤万平。そのおもてなしに感動した2人だったがそれがきっかけで軽井沢に多くの外国人が避暑地にやってくるように。万平は旅籠をしめて外国人のためのホテルを開業した。この頃掲げた看板は「MANPEI HOTEL」。
