アナウンサーの言葉とは時代を映す鏡。放送の力を世に知らしめた中村茂。昭和11年2月29日午前8時48分、緊急のラジオ放送が始まった。陸軍青年将校たちのクーデター「二・二六事件」。大蔵大臣・高橋是清ら重要閣僚が次々と惨殺された。中村茂は反乱軍の投降を促すラジオ放送を行った。中村茂は後に「お前たちの父兄」というくだりで感情が込み上げ声が震えたと振り返っているが、実際の音声は冷静かつ力強いものだった。立ち会いの将校は涙を流していたという。中村茂の呼び掛けは反乱軍に即座に伝わり、兵のほとんどは投降。クーデターは武力鎮圧なく収束した。この事件はラジオ放送の影響力を政権に知らしめた。だが、やがてその力は軍部にも利用されラジオが国民を戦争に駆り立てることになる。