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「能登半島地震」 のテレビ露出情報

番組では阪神・淡路大震災のアーカイブ映像を見て当時に立ち返ることから始めた。そこで震災時の映像と、その後の様子が伝えられた。震災当時自宅にいた柴田やす子さんは足に大きな傷を受け、次男と三男を亡くしたという。
阪神・淡路大震災のアーカイブ映像の中で番組が注目したのは被災した住民自らが生き埋めになった人たちを救おうという映像だという。そこで電動工具などで穴を明けて住民を救出した浅川義和さんなどに話を聞いた。浅川義和さんはそこで救助活動の厳しさを語った。阪神・淡路大震災での救出者8割は自助や共助によるもので、消防などによる公助は2割だったという。専門家の大津暢人さんは映像を見て「小さな力が結集して住民救助は成り立つ」と語った。
ただ当時の救助の中心を担っていた現役世代の人口は30年前をピークに下がり続けているという現実もあり、消防団員の数も減ってきている。社会心理学者の佐々木美加専任教授は「人間関係が希薄でも救助を妨げる大きな要因にはならない」と語っている。
阪神・淡路大震災では地震や火災を生き延びたにも関わらず、その後多くの命が失われたことも課題になっている。そこで避難した人たちに番組は注目した。避難所では不衛生な環境で雑魚寝をする人たちの姿があった。また火葬が間に合わずに遺体が何日も置かれた避難所もあった。また避難所では風邪やインフルエンザが蔓延して重症化する高齢者が相次いだ。災害関連死が始めて認識されたきたのが阪神・淡路大震災だった。その後は災害関連死を回避する対策が行われてきたが、その後も災害関連死は相次いでいる。
阪神・淡路大震災から3週間。長田区では高齢者に関わるプロが携わる避難所が立ち上げられたという。そこにはこれまでにはない表情があったという。避難所を運営した中辻直行さんは、他の避難所で状態の悪い人を自分たちの避難所に移したりしていたという。この避難所からは災害関連死は一人もでなかったという。専門家の立木茂雄さんは「本当にすごいと思う」と語った。また当時はボランティアという概念が薄く、ノウハウや仕組みが確立してないか中で山中直義さんがボランティアをまとめていったという。そうした中で高齢者をケアする必要性と課題を感じるようになったという。
災害関連死を研究している奥村与志弘教授は、何が災害関連死につながるのかフローチャートにまとめた。そこで小さな困りごと解決することが命を救うことにつながるということがわかったという。阪神・淡路大震災では一人ひとりの力や工夫で命を救う姿は、私達に改めて災害に向き合う方法を伝えていた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月4日放送 12:15 - 12:43 NHK総合
ひむバス!あの乗客に再会!2025
2024年1月1日、能登半島地震が発生、珠洲市は大きな被害を受けた。今年11月、珠洲市の銭湯で新谷さんと再会。今はこの銭湯で働いていた。震災後にいち早く復旧し被災した方々にお風呂を提供した。以前から銭湯の運営を手伝っていた新谷さん。震災後多くの人が珠洲市を離れパートナーの鹿野さんも避難したが、新谷さんは銭湯の営業を続けた。まもなく震災から2年、5月には鹿野さ[…続きを読む]

2026年1月3日放送 4:00 - 4:45 TBS
TBS NEWS(ニュース)
能登半島地震から2年。被害が大きかった石川県輪島市では伝統の御陣乗太鼓の打ち初め式が行われた。本来神社で行われるが、地震で神社が全壊したため町内の集会所で開催。地元の男衆など25人が復興の願いを込めて太鼓を披露した。

2026年1月3日放送 0:00 - 0:10 TBS
JNNニュース(ニュース)
能登半島地震から2年。被害が大きかった石川県輪島市では伝統の御陣乗太鼓の打ち初め式が行われた。本来神社で行われるが、地震で神社が全壊したため町内の集会所で開催。地元の男衆など25人が復興の願いを込めて太鼓を披露した。

2026年1月2日放送 10:05 - 10:20 NHK総合
新年一般参賀新年一般参賀
宮内庁担当の安藤記者の解説。戦後80年の去年、天皇皇后両陛下は各地で戦没者を慰霊した。7月にモンゴルを訪問した際には戦後旧ソビエトによって抑留され命を落とした人たちを慰霊した。愛子さまは初の海外公式訪問でラオスを訪ねた。秋篠宮さまは大阪・関西万博の名誉総裁を務めた。ご夫妻は能登半島地震の被災地を訪ねた。佳子さまはブラジルを公式訪問するなど国内外で活発に活動し[…続きを読む]

2026年1月1日放送 16:15 - 17:05 NHK総合
まけんぞ 〜能登・孤立集落の2年〜(まけんぞ 〜能登・孤立集落の2年〜)
土屋太鳳が通った撮影の舞台の大沢町。県道は崩れ落ち、住民は救助を待った。救援物資が届いた様子。住民は避難を開始。大沢は無人の集落になった。ニか月後、住民は一時帰宅。60世帯が暮らす漁村。竹の間垣。無傷の家はない。田中屋旅館の主夫婦も一時帰宅。春になった。いちはやく集落に戻った人たちが花見をしていた。住民がいれば電気がくるという人。田中屋旅館の主夫婦は山道を通[…続きを読む]

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