激しい選挙戦をめぐり真っ二つ分かれてしまった町が、鹿児島県徳之島にある伊仙町。人口約9000人の小さな町で1991年に行われた伊仙町長選挙は、樺山資敏氏と盛岡正博氏という2人の候補による事実上の一騎打ちだった。投票日当日、選挙のために島に戻ってきた男性が投票に行くと既に不在者投票が済んでいると言われ投票できなかった。それを聞きつけた樺山陣営が、選挙に不正が起きたとして選挙管理委員会に押しかけ猛抗議。これに対し選管委員長は話がつくまでは対応しないと言うと樺山派は抗議し、この騒ぎで472票の不在者投票のうち所定の時間までに投票所に持ち込めなかった316票が不受理扱いになってしまった。300票以上が不受理扱いになったことに今度は盛岡陣営が反発し集結、両陣営がにらみ合いになり乱闘騒ぎに発展した。さらに開票所に投石される事態に。この騒動でガラス20枚以上が割られけが人も発生した。その後も両陣営の小競り合いが続く中開票作業が続けられ、盛岡候補2900、樺山候補3004で樺山氏が勝利となった。不受理扱いになった316票次第では逆転もあり得たため盛岡陣営が町役場に押しかけた。この事態に鹿児島県警は機動隊を増員し騒ぎを抑え込んだ。しかし混乱が落ち着くことはなく開票結果発表から18時間後、伊仙町の選挙管理委員会が一転して選挙の無効を発表した。今度は鹿児島県の選挙管理委員会が乗り出し、伊仙町選挙管理委員会に対し開票結果に基づき当選の手続きをするよう指導を行った。これに再選挙を望んでいた盛岡陣営が抗議、新しい町長が選出されないまま混乱が続いた。伊仙町では町民の多くがサトウキビ農家の傍ら公共事業の作業員も担っており、支持した候補者が落選すると公共事業の仕事が回ってこなくなる。そのため町民の中には勝つためなら手段を問わない人もおり、1票で100万円が動くとの話もあった。その後主張は司法の場で争われ、選挙から2年半後最高裁で選挙の無効が確定し再選挙が行われることとなった。1993年10月31日、前回敗れた盛岡氏が後継候補の里井源正氏を立て樺山資敏氏との対決に。町には多くの機動隊が配備され心配された混乱は起きなかった。翌日開票が行われ、里井候補3050、樺山候補3064という僅差で樺山氏が当選した。