「2006年 夏の甲子園で何があったのか! 準々決勝 智辯和歌山vs帝京」と題し、当時を振り返ってトーク。杉谷は壮絶な乱打戦は9回表・4点差で負けている帝京の攻撃から始まったとし、レギュラーを外れていた選手が代打で打席に立ち、ベンチに戻った際にもう一度打ちたいと本音をこぼし、選手たちに火がついたなどと伝えた。杉谷は2アウト満塁で自分に打順が回ってきたとき、監督にここで打てなければ3年間終わりだと言われ、絶対に打つという気持ちで打席に立ち、1年ながら逆転タイムリーを放てたなどと明かした。帝京は9回表に8点を奪い大逆転したが、杉谷はそこから帝京のドラマが始まったと前置きした。杉谷はこの時点で帝京のピッチャーの控えがいなくなり、監督に指名された選手が登板するも2連続ファーボールでノーアウト1・2塁となり、打順が回ってきた橋本が3ランホームランで1点差にし、急遽監督に指名された自分が登板することになり、歴史に残る初球デッドボールにより1球敗戦投手となったなどと解説した。