ゲストは元マラソン選手の高橋尚子。大阪の大学出身で尼崎の競技場にも通っていた。尼崎がダウンタウンの出身地であることを知っていたので、駅を降りたびに興奮していた。浜田とは今回が初対面。
高橋の経歴をその時々の幸福度グラフと共に紹介。72年、岐阜に生まれる。中学は部活強制。もともと走ることが得意だったので陸上部に入部。幸福度50。興味を持ったきっかけは「雷管を鳴らしてみたい」。90年、高校2年で全国都道府県対抗駅伝大会に初めて出場し45位。幸福度-20。大会はテレビ中継されるなど大々的なももので、気合を入れて臨んだ結果がワースト3位でショックだった。両親が試合を見に来てくれたのはこのときだけ。両親は「きょうだいに平等に接する」という教育方針だったので、メダルをとっても飾ってくれなかった。代わりに褒めてくれたのが祖母。
高橋の経歴をその時々の幸福度グラフと共に紹介。94年、大学4年で小出義雄監督と出会う。幸福度は唯一の100。教師の家系に生まれたのでその勉強をしていたが、陸上を続けたい気持ちも少しはあった。内定先の学校にこのことを伝えると、「日本一・世界一になる覚悟があるならやれ」とアドバイスされる。ほかの実業団からもオファーが来ていたが退路を断つために断り、当時日本一といわれた小出監督に入団を直訴。最初に言われたのは「うち大学生取らないから」。それでも粘り続け死に物狂いで合宿を頑張り、契約を勝ち取った。まず褒められたのは「踝から下」。あとで聞いたところによると、褒めるところがない人にはそうした言い方をしているそう。「Qちゃん」というあだ名は新入社員歓迎会でアニメ「オバケのQ太郎」にちなんだ出し物をしたことに由来。この出し物は下ネタを多く含んでいる。小出監督が喜び「Qちゃん」と命名。
高橋の経歴をその時々の幸福度グラフと共に紹介。72年、岐阜に生まれる。中学は部活強制。もともと走ることが得意だったので陸上部に入部。幸福度50。興味を持ったきっかけは「雷管を鳴らしてみたい」。90年、高校2年で全国都道府県対抗駅伝大会に初めて出場し45位。幸福度-20。大会はテレビ中継されるなど大々的なももので、気合を入れて臨んだ結果がワースト3位でショックだった。両親が試合を見に来てくれたのはこのときだけ。両親は「きょうだいに平等に接する」という教育方針だったので、メダルをとっても飾ってくれなかった。代わりに褒めてくれたのが祖母。
高橋の経歴をその時々の幸福度グラフと共に紹介。94年、大学4年で小出義雄監督と出会う。幸福度は唯一の100。教師の家系に生まれたのでその勉強をしていたが、陸上を続けたい気持ちも少しはあった。内定先の学校にこのことを伝えると、「日本一・世界一になる覚悟があるならやれ」とアドバイスされる。ほかの実業団からもオファーが来ていたが退路を断つために断り、当時日本一といわれた小出監督に入団を直訴。最初に言われたのは「うち大学生取らないから」。それでも粘り続け死に物狂いで合宿を頑張り、契約を勝ち取った。まず褒められたのは「踝から下」。あとで聞いたところによると、褒めるところがない人にはそうした言い方をしているそう。「Qちゃん」というあだ名は新入社員歓迎会でアニメ「オバケのQ太郎」にちなんだ出し物をしたことに由来。この出し物は下ネタを多く含んでいる。小出監督が喜び「Qちゃん」と命名。
