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「十二指腸のがん」 のテレビ露出情報

山本さんちの食卓に住む若者3人は山本さんが畑仕事に出ているため晩ごはん作りを任されていた。料理は食べる人を思って作る物で料理は社会に出るための良い訓練でもある。ニラ玉作りは精神的なDVを受けて育ったあきさんでニラと卵を別々に炒めている。知的障害があるつばささんは春雨サラダを作り、フランクフルトの担当はひろかさんで長年心が病んでいたという。山本さんは料理について「春雨サラダは野菜が少なく麺ばかり」「ニラ玉は別に炒めたらニラのエキスが卵に入らない」などと評価を付けている。山本さんの目標は彼らを社会に送り出す事だった。ひろかさんは境界性パーソナリティ障害の影響で作り話をする癖があり山本さんは頭を悩ませていた。就労訓練に出掛けたひろかさんは就労訓練施設に行われるイベントに出席するかどうか早く返事が欲しいと言われたという。山本さんは就労訓練施設に電話をかけたが急かされた事実は全部ウソなのが判明。話し合った結果ひろかさんは施設の人に明日聞いてみると話している。山本さんが賢明に若者に向き合うのは自らの子育てに強い後悔があるからだという。
かつて山本さんはスナックで働きながら一人息子を育てるシングルマザーだった。息子が小学6年生のとき、知的障害と診断された。そして2002年、サポハを立ち上げた。同じ境遇の親子と苦労を分かち合いながら自分の息子を育てていくためだった。しかし、息子は自立できなかったばかりか、犯罪を繰り返すようになった。現在、大阪刑務所に服役中の息子はまもなく出所の日を迎える。しかし、サポハには戻らず大阪のグループホームに入ることになった。サポハに力を注ぐのは社会に対する償いの意味もあるのかもしれない。本業は保険業の新免さんは20年ほど前にサポハを訪れるようになり、手先が器用で電子機器にも強く便利屋のように雑用をしている。山本さんはひろかさんが前に進めるよう日を跨いで話をした。
平山先生は山本さんのよき話し相手であった。野菜づくりもよく手伝ってくれた。先生は十二指腸のがんが見つかり入院中である。この頃から山本さんはイライラしていて住人の些細なことにも怒っていた。先生のお見舞いに訪れ会話をした。山本さんは野菜の収穫に中学1年生の銀二さんを連れていった。週に2回はサポハで暮らしている。銀二さんの母の友紀さんも山本さんに助けられた1人である。兄の太一さんも不登校で発達障害もあり家からでようとしない。山本さんは学校に行けと行ったことはないという。

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