くるりは2001年2月に3rdアルバム「TEAM ROCK」をリリース。「ダンスミュージック&エレクトロ&テクノの融合」として「ワンダーフォーゲル」を紹介。くるりは2002年3月に4thアルバム「THE WORLD IS MINE」をリリース。くるりは2002年8月に森信行が脱退し、新体制での初シングルとして「HOW TO GO」をリリースし、2003年11月からクリストファー・マグワイアがドラマーとして加入し、2004年に5thアルバム「アンテナ」をリリースして初武道館も成功させた。岸田らは森信行が脱退したあと2年ぐらいはアルバムが作れず試行錯誤して楽曲制作していたなどと明かした。くるりは2004年10月にクリストファーが脱退し、2007年1月に大村が脱退し。くるりは2007年6月に7thアルバム「ワルツを踊れ Tanz Walzer」をリリース。角野は「クラシック✕ロック」として「ブレーメン」「JUBILEE」を紹介。岸田は歌詞を書くうえでは難しい言葉を避けており、それでいてコクを出すためには和声(コード進行)が必要でそこをすごく工夫しているなどと語った。「ワルツを踊れ Tanz Walzer」でクラシックへの興味を増した岸田は『「交響曲第一番」初演』を京都市交響楽団より長尺のオーケストラ作品制作の依頼を受けて約1年半かけて完成させた。
くるりは2011年6月から新たに3人のメンバーが加入し5人体制となり、2012年1月に4年体制に変わり10thアルバム「坩堝の電圧」をリリース。くるりは2013年5月からは3人体制となり「琥珀色の街、上海蟹の朝」で新たな音楽性を提示した。岸田はダンスミュージックが好きでありくるりの音楽の根底にもそれがあり、自分が陰キャでありながらも音楽は陽キャの音楽のほうが好きなどと明かした。
くるりは2011年6月から新たに3人のメンバーが加入し5人体制となり、2012年1月に4年体制に変わり10thアルバム「坩堝の電圧」をリリース。くるりは2013年5月からは3人体制となり「琥珀色の街、上海蟹の朝」で新たな音楽性を提示した。岸田はダンスミュージックが好きでありくるりの音楽の根底にもそれがあり、自分が陰キャでありながらも音楽は陽キャの音楽のほうが好きなどと明かした。
