羽田空港は毎年1cm前後沈み続けている。羽田空港の大部分は東京湾の沖合を埋め立てた土地。超軟弱地盤の上で平坦を保っている。1982年、運輸省の研究職員だった福手勤さんは沖合拡張工事の調査・設計部門の現場責任者に抜擢された。95年前の開港から徐々にその面積を広げ、1982年当時は大小3本の滑走路を持つ空港だった。当時羽田沖に埋立地が完成、その土地を利用して空港を拡張しようという話が持ち上がった。高度経済成長期に入った頃から海外旅行の自由化とジャンボジェットの導入で日本は空の時代へ突入、羽田発着の便が急増した。だが、羽田の一部滑走路は大型機に対応できる長さがなかった。空路での貨物輸送も年々増加していた。
工事計画は全ての滑走路を拡張された空港に移設し新たなターミナルビルも建設するというもの。A滑走路を移設する先にあったのは超軟弱地盤。まるで底なし沼だった。拡張前の羽田空港の敷地は江戸時代に干潟を埋め立てできたもので、埋め立てて時間も経っており極端に地盤が弱いわけではない。拡張予定の土地に使われたのは河川や河口付近に堆積していた泥。それを東京都が羽田沖へ運び埋め立てたものだった。泥の粒子は極めて細かく、水分を多量に含んでしるこのような状態。泥の水分を抜き地盤を改良するという超難題だった。地下約25mまでプラスティックでできた段ボールのような長い帯を押し込み、液体が細い隙間に吸い上げられる毛細管現象を利用して水を抜くことに。地下25mまで押し込むには専用の重機が必要。この試練に挑んだのは世界屈指の難工事と言われたスエズ運河拡張工事で砂漠地帯の崩れやすい足場で運河を広げる工事を行なった掘削のエキスパート集団。そんな彼らですら、これほどの軟弱地盤では無理難題だと感じてしまうほどだったという。
工事計画は全ての滑走路を拡張された空港に移設し新たなターミナルビルも建設するというもの。A滑走路を移設する先にあったのは超軟弱地盤。まるで底なし沼だった。拡張前の羽田空港の敷地は江戸時代に干潟を埋め立てできたもので、埋め立てて時間も経っており極端に地盤が弱いわけではない。拡張予定の土地に使われたのは河川や河口付近に堆積していた泥。それを東京都が羽田沖へ運び埋め立てたものだった。泥の粒子は極めて細かく、水分を多量に含んでしるこのような状態。泥の水分を抜き地盤を改良するという超難題だった。地下約25mまでプラスティックでできた段ボールのような長い帯を押し込み、液体が細い隙間に吸い上げられる毛細管現象を利用して水を抜くことに。地下25mまで押し込むには専用の重機が必要。この試練に挑んだのは世界屈指の難工事と言われたスエズ運河拡張工事で砂漠地帯の崩れやすい足場で運河を広げる工事を行なった掘削のエキスパート集団。そんな彼らですら、これほどの軟弱地盤では無理難題だと感じてしまうほどだったという。
