赤枝さんが迷い込んだ不思議な集落は一体何だったのか、その証言を1つずつ辿っていく。スタート地点はあの日と同じ山梨県甲府駅でまず目指したのは現実の地図にもあったという「みずがき湖」である。甲府を出発し山間の道を進むこと約1時間、その湖畔には大きな観光施設があった。まず探したのはあの奇妙な看板だが普通の看板ばかりであった。別の職員に校舎が鎖に巻かれていたことについて聞くと「門に通行止めで入れないように巻かれていたような」という話であった。その学校はみずがき湖から車で約5分、現在は廃校になったあと美術館になっているという。そこには画家の工藤輝日がおり、この廃校で創作活動や作品の展示を行っていた。2004年に閉校したとのことで赤枝さんが不思議体験をしたのは2005年のため、廃校になったこの学校が鎖でぐるぐる巻きに見えた可能性もある。しかし数本鎖は張られていたが、学校がぐるぐる巻きに見えるほどではなかったという。体験者が見たのは鎖に巻かれた鉄筋の学校だが証言の木造とは一致しなかった。高枝さんは不思議な集落で「森のラーメン」を目撃しており早速教えてもらった場所へ行くと、人の気配のない山林に突然「森のラーメン」の看板が現れた。それはあの日体験者が見た大量のチラシに書かれていたラーメン店と同じ名前であった。そして閉店して数年が経とうという荒れた店先に書かれていたのは「しかチャーシュー」の文字。だが赤枝さんが「森のラーメン」を見たのはあくまでも集落の中であり、実際の店の周囲には集落どころか1軒の家もなく2005年の住宅地図を確認しても周りには一軒も家はなかった。
取材を続けると信じがたい1つの仮説にたどり着いた。それは車が屋根の上に乗っていたという情報を探している時だった。甲府周辺の航空写真を見ていると、建物の上に乗った黄色い車があった。場所は山梨県中央市で不思議な集落を見たというみずがき湖周辺からは少し遠いが、何か手がかりがないか取材に向かい黄色い車を設置した男性に話を聞くと盆栽店の看板だという。体験者が訪れたみずがき湖は1998年に作られた塩川ダムのダム湖であり、その湖底には元々集落があり多くの家が沈んでいるという。集落の名は「塩川」でそこには小学校もあり体験者が見たのはダムに沈んだ学校ではないのだろうか。過去の航空写真を調べてみると、1976年の現在みずがき湖がある場所には確かに塩川集落が存在し1995年には周囲一帯が更地になっていた。そして2000年には完全に湖の底となっており、赤枝さんが訪れた5年前には集落は湖の底だったということになった。「迷い込んだのはダムに沈んだ集落?」「時空を超えて過去に?」という仮説を元に、ダムに沈んだ集落の住人を探した。ようやく辿り着いたその人は小林善勝さんで赤枝さんが描いたイラストを見せると、在りし日の塩川の集落が似ているとのこと。さらに坂の上の高台には体験者の将監通り小学校があり、塩川の集落に住んでいた他の住民にも話を聞くと塩川の集落には鉄筋造りの小学校があったという。また別の住民は高台から撮った塩川集落の写真を見せてくれた。学校を通り過ぎると高台から集落が見えた赤枝さんの証言と全く同じであった。
突然立ち込めた霧で異世界への扉が開き、大量のチラシで湖へ誘われると現れた看板はこの湖に沈んだ集落を「忘れないで」というメッセージを伝え車1台分だけ開いた扉という最後のゲートを抜けるとそこには無念にも廃校にされ湖に沈められた学校や何かを訴える奇妙な光景があったのではないかとのこと。取材中不思議な話に出会い、書かれたものが剥がれ落ちていた看板を見つけ地元の人に聞いてみた。そこには昭和の文豪・井伏鱒二の不思議な実体験が綴られていた。
取材を続けると信じがたい1つの仮説にたどり着いた。それは車が屋根の上に乗っていたという情報を探している時だった。甲府周辺の航空写真を見ていると、建物の上に乗った黄色い車があった。場所は山梨県中央市で不思議な集落を見たというみずがき湖周辺からは少し遠いが、何か手がかりがないか取材に向かい黄色い車を設置した男性に話を聞くと盆栽店の看板だという。体験者が訪れたみずがき湖は1998年に作られた塩川ダムのダム湖であり、その湖底には元々集落があり多くの家が沈んでいるという。集落の名は「塩川」でそこには小学校もあり体験者が見たのはダムに沈んだ学校ではないのだろうか。過去の航空写真を調べてみると、1976年の現在みずがき湖がある場所には確かに塩川集落が存在し1995年には周囲一帯が更地になっていた。そして2000年には完全に湖の底となっており、赤枝さんが訪れた5年前には集落は湖の底だったということになった。「迷い込んだのはダムに沈んだ集落?」「時空を超えて過去に?」という仮説を元に、ダムに沈んだ集落の住人を探した。ようやく辿り着いたその人は小林善勝さんで赤枝さんが描いたイラストを見せると、在りし日の塩川の集落が似ているとのこと。さらに坂の上の高台には体験者の将監通り小学校があり、塩川の集落に住んでいた他の住民にも話を聞くと塩川の集落には鉄筋造りの小学校があったという。また別の住民は高台から撮った塩川集落の写真を見せてくれた。学校を通り過ぎると高台から集落が見えた赤枝さんの証言と全く同じであった。
突然立ち込めた霧で異世界への扉が開き、大量のチラシで湖へ誘われると現れた看板はこの湖に沈んだ集落を「忘れないで」というメッセージを伝え車1台分だけ開いた扉という最後のゲートを抜けるとそこには無念にも廃校にされ湖に沈められた学校や何かを訴える奇妙な光景があったのではないかとのこと。取材中不思議な話に出会い、書かれたものが剥がれ落ちていた看板を見つけ地元の人に聞いてみた。そこには昭和の文豪・井伏鱒二の不思議な実体験が綴られていた。
