南野陽子さんは昭和42年、兵庫県の生まれ。南野さんの父方の先祖は明治の頃、兵庫県前坂村で馬喰として富を築き豊かに暮らしていた。明治45年、借金が元で一家は大阪へ夜逃げ。大阪に出た際、「ナンノ」だった姓を「ミナミノ」に変えたという。貧しい環境で育った祖父・兼松は小学校を卒業後、製紙工場に就職。機械整備の技師となり昭和5年に川添シヅ子と結婚。6年後に陽子の父・英夫が誕生した。兼松は尼崎市に引っ越し、昭和14年に洋食店を開業したが時代は日中戦争へ突入。あっという間に店は傾き、昭和20年、兼松は41歳の若さでこの世を去った。シヅ子は女手一つで必死に家族を支え、成長した英夫は中学卒業後、尼崎の食品香料の会社に就職した。英夫は働きながら近畿大学二部の夜間学校にも通い、仕事と学業の両立を成し遂げた。