豊臣の痕跡を全て消しさり、その上に新たな大阪城を築いた徳川幕府。しかしそれが秀吉が築いたものと勘違いされて「秀吉は立派だった」と思われてしまったという。のちに「徳川が建てた」ということが「謎の石垣」の発見により判明した。昭和30年代、外濠の水枯れをきっかけに今見えている石垣とは違う石垣が見つかった。研究の結果、それが豊臣時代の石垣だということで、豊臣の城を埋めた上に徳川が城を築いていたことが判明した。昭和59年に発見された豊臣時代の石垣は「豊臣石垣館」で見ることができる。
住所: 大阪府大阪市中央区大阪城1-1
