西岡京治はブータンで最も栄誉ある「最高の人」を意味するダショーの称号を国王から贈られた。ダショー称号を得た数少ない外国人の1人だが1992年に59歳の若さで死去、その死を悼み国葬され5千人が参列した。また西岡をたたえる仏塔もある。西岡京治は1933年に医学家庭に生まれ12歳の時に終戦、高校卒業後大阪府立大学農学部へ進学。専門的に研究したのがヒマラヤの農業で、大学卒業後も西北ネパール学術探検隊に参加するなどしていた。1964年にブータン政府から農業技術支援の要請があった。ブータンは高地で気候が厳しく国土の大半は山と谷で農地に使えるのはごくわずか、多くの農家は自給分を生産するだけだった。また都市部では貿易が発達しておらず国内からの供給もかなり限られていた。ヒマラヤの農作物を研究していた西岡は農業指導を行う派遣要請を快諾した。しかし政府から西岡に与えられた土地はわずか60坪。また農業指導は政府が集めた少年達3人だけだった。当時のブータンは農作物が収穫できる農地は貴重で研究用に使えるのは僅かな土地のみ、成人男性も貴重な労働力であり研究のために割けるのは子どもだけだった。
住所: 大阪府堺市中区学園町1-1
URL: http://www.osakafu-u.ac.jp/
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