大分県のポツンと一軒家を訪れ、主の孝一さんに話を聞いた。孝一さんと妻の照美さんは2人とも農協で働いており、孝一さんは家電修理、照美さんは電話交換手をしていた。孝一さんは義父から結婚祝いに一眼レフをもらったことをきっかけに写真が趣味になり、38歳の時に家族を置いて1人で東京の写真学校に入りたいと考えた。義理の両親は猛反対したが最終的に納得してもらい、夜間の写真学校に4年通った。日中は電気工事士として働き、家族に仕送りをしていた。裏庭から生活感や家族構成が見えてくるのを面白く感じ、裏庭を撮り始めた。ニコンサロンの審査に合格し、銀座で2回、新宿で3回、大阪で2回個展を開いた。ただ裏庭の写真は装飾には不向きだったため、購入者は少なかった。写真家で生計を立てるのは難しく、大分に帰ると家電修理会社に就職した。家電修理に回った家で裏庭を撮らせてもらっていた。
