2000年から活動を始めたイーゴルさんたちのNPO。活動の1つが都内で行っているウクライナ語による授業。自分のルーツに誇りを持ってもらおうと始まったこの取り組み。侵攻後は日本へ来た避難者へのサポートの場としても重要な役割を果たしている。授業を行うカテリーナさんは侵攻直後に日本に避難し、NPOの支援を受けながらウクライナ語を教えている。イーゴルさん自身は2015年に留学生として来日、「祖国の文化を日本に伝えたい」とNPOに参加した。NPOの名前「クラヤヌィ」の意味は「同胞」。伝統的な刺繍の展示会やウクライナカフェの運営など様々な活動を行ってきた。戦闘が続く祖国から遠く離れた日本で活動を続けるイーゴルさん。ウクライナ人としてロシアとの戦いをどう考えているのか聞くと「最初に補足したいのですが、ロシアによる侵攻は2014年から始まっていてクリミア半島からスタートしてことしで12年になる。ウクライナ人にとって戦闘状態は12年間続いている」という。2014年、ロシアはウクライナ南部に軍の部隊を派遣、一方的にロシアへの併合を宣言した。日本語を勉強していたイーゴルさんは通訳として日本のメディアに同行し、占領された現地に入った。いまも続くロシアとの戦い。それでもイーゴルさんは希望を失っていないという。支援活動の原点にはクリミア併合の直前に起きた出来事があった。2013年11月~ウクライナで当時のロシア寄りの政権に対する抗議活動が広がった。イーゴルさんも参加し、首都・キーウの独立広場のバリケードで連日夜を明かした。当時の大統領がロシアに亡命し、政権が崩壊した時、仲間とともに国歌を歌って勝利を祝った瞬間が忘れられないという。
イーゴルさんたちは侵攻直後から現地への支援を行っている。日本で個人や企業からこれまでに1億6,000万円以上の支援を受けてきた。医療物資や中古の救急車など現地で必要とされる支援物資を送っている。いまウクライナでは多くの子どもたちが学校に通えず、オンラインでの勉強を余儀なくされている。対面で勉強できるよう、安全基準を満たしたシェルターを2か所建設した。この日はキーウ近郊の幼稚園に新たに建設するシェルターの進捗を確認するオンライン会議が開かれた。NPOでは現地の声に耳を傾け、いま何が必要化を確認するようにしている。会議に参加したオレクサンドル・カハールさんは軍に所属する中、慈善団体でシェルターづくりにも携わっている。オレクサンドルさんは「家で凍えて亡くなる人もいる。連絡手段のない高齢者などです」と話す。この冬、厳しい寒波に見舞われたウクライナ。日本からの支援は大きな支えになっているという。イーゴルさんたちのNPOはほとんどがウクライナ人。軍事侵攻で親戚や友人を亡くしたメンバーもいる。アメリカの仲介によるウクライナとロシアの和平協議も難航する中、イーゴルさんは「領土を奪われたままの停戦は考えられない」と言う。終わらない軍事侵攻。各国でウクライナへの支援疲れが懸念される中、1つの希望も。それはウクライナ出身の大相撲力士・安青錦の存在。安青錦が活躍するとカフェの売り上げも増え、寄付を多く送ることができた。カフェにも足を運んでくれた安青錦。ウクライナ人が日本で成功したことが多くの同胞を勇気づけているという。ウクライナの未来を担う子どもたちにも祖国への誇りを持ち続けてほしいと願っている。
イーゴルさんたちは侵攻直後から現地への支援を行っている。日本で個人や企業からこれまでに1億6,000万円以上の支援を受けてきた。医療物資や中古の救急車など現地で必要とされる支援物資を送っている。いまウクライナでは多くの子どもたちが学校に通えず、オンラインでの勉強を余儀なくされている。対面で勉強できるよう、安全基準を満たしたシェルターを2か所建設した。この日はキーウ近郊の幼稚園に新たに建設するシェルターの進捗を確認するオンライン会議が開かれた。NPOでは現地の声に耳を傾け、いま何が必要化を確認するようにしている。会議に参加したオレクサンドル・カハールさんは軍に所属する中、慈善団体でシェルターづくりにも携わっている。オレクサンドルさんは「家で凍えて亡くなる人もいる。連絡手段のない高齢者などです」と話す。この冬、厳しい寒波に見舞われたウクライナ。日本からの支援は大きな支えになっているという。イーゴルさんたちのNPOはほとんどがウクライナ人。軍事侵攻で親戚や友人を亡くしたメンバーもいる。アメリカの仲介によるウクライナとロシアの和平協議も難航する中、イーゴルさんは「領土を奪われたままの停戦は考えられない」と言う。終わらない軍事侵攻。各国でウクライナへの支援疲れが懸念される中、1つの希望も。それはウクライナ出身の大相撲力士・安青錦の存在。安青錦が活躍するとカフェの売り上げも増え、寄付を多く送ることができた。カフェにも足を運んでくれた安青錦。ウクライナ人が日本で成功したことが多くの同胞を勇気づけているという。ウクライナの未来を担う子どもたちにも祖国への誇りを持ち続けてほしいと願っている。
