ある晩、1人の男が井原を訪ね「かつて受け取った補償金を国に返したらどうでしょうか?」と話した。それが宍道湖で3代続く漁師の家に生まれた福田正明だった。組合が受け取った補償金は2億5000万円。漁師1人あたり100万円出す必要がある。補償金を受け取ったのは17年前。新たに漁師になり受け取ってない者をいる。数日後、井原はほかの漁師と共に琵琶湖を訪れ世界湖沼会議に参加。1人の女性の発表に注目が集まった。茨城県からやって来た奥井登美子は緑色の液体をビーカーに入れて持ち込んでいた。奥井は参加者にその臭いを嗅がせて回った。液体の正体は霞ヶ浦で大発生したアイコだった。奥井はほかの湖が同じ轍を踏まないでほしいと会議に駆けつけた。2週間後、井原はシジミ漁師を漁協に集め、霞ヶ浦の二の舞になってはいけないと訴えた。全員が補償金を返すことに賛同。1ヶ月後、井原は2億5000万円の小切手を持ち、農水省の門を叩いた。しかし農水省の課長に拒否されてしまった。だが井原たちの行動は地元の人たちの心を動かし始めていた。漁師に不信感を抱いていた県職員の竹下は、補償金返還を提案した福田を行きつけの居酒屋に誘った。ここで初めて腹を割って話した。こうしてバラバラだった漁師と市民が1つになった。
