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「宮崎県立延岡高等学校」 のテレビ露出情報

宮崎県延岡市の展望台に工藤の姿が。旭化成は旭絹織として1922年に創業した。戦後間もない1946年に旭化成工業へ社名変更した。躍進のきかっけは5代目社長の宮崎輝。それまでの繊維中心から石油化学製品に住宅など積極的に事業を拡大し経営を多角化。周囲からはなんでも飛びつくダボハゼ経営と言われながらも巨大企業の礎を築き上げた。その経営スタイルを表すうえで大切な言葉は、健全な赤字。将来大きな利益を生み出すために新しい事業に乗り出す。旭化成の新しいチャレンジ精神を体現した言葉。旭化成のお膝元の延岡市で生まれ育ったのが工藤。旭化成のことを強く意思したのは6歳の頃。小児結核で半年間入院した時に、鬱屈とした気分の中で病室の窓から見えたのは、工場で働く旭化成の従業員の姿。生き生きと輝くその姿に勇気づけられたという。その後、宮崎県立延岡高等学校へ。中学までは野球一筋だったというが、当時新設されたばかりのハンドボール部に入部した。持ち前の運動神経の良さとリーダーシップを発揮しチームのまとめ役に。一方周囲の部員もほとんど高校からハンドボールを始め、野球や陸上など他のスポーツの経験者が多かった。そこで、自分の個性をどう活かそうかと考えたという。工藤は部員一人一人の適性を見極めてふさわしいポジションや戦術を指示。その結果、インターハイへ出場。そこで適材適所の大切さを学んだ。この経験は社会人になっても大きく生かされる。
大学卒業後に旭化成に入社すると配属されたのは繊維の営業部門だった。48歳繊維部の事業部長になったが、そこで海外事業で赤字だった部門からの撤退を主導した。他社との競争を勝ち抜くための厳しい選択だったという。時代や環境変化にあわせ人や資金などの限られた経営資源を伸びしろのある分野にしぼり割り当てていった。2022年に社長に就任。工藤は大切にしていることには当時のハンドボール部は強いチームに比べ劣っていたと答え。役割の中で特徴をいかしたプレーができるようになったが、そのポジションでは誰にも負けないという選手がいっぱいいたが、それがハマった時はチームが強くなる。会社も優秀な人材がいるが、それぞれ性格や得意とするものは違い、その個性をどう生かせるか、会社の経営で人材を活用するという意味で重要だと答えた。また大学時代の恩師から教わった座右の銘について工藤は「伝統は守るべからず創るべし」と答え、自らチャレンジしなければいけないという強い言葉だと感じたという。そして今の会社のキャッチコピーは「はみだせ!うみだせ!旭化成」だが、工藤は、常にチャレンジしなければオンリーワン、ナンバーワンにはならないという意味だと答えた。また不採算事業からの撤退も断行したが、工藤は先代の社長が伝えた「健全な赤字」という言葉に、その捉え方が難しく、今辛抱してもどういうことが起こり得るか、旭化成らしさを具現化できるかどうかであって、辛抱してやっていこうというのが健全な赤字だと答えた。
住所: 宮崎県延岡市古城町3-233
URL: http://cms.miyazaki-c.ed.jp/6027/htdocs/

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2026年3月12日放送 9:00 - 11:10 日本テレビ
DayDay.DayDay.WBC
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