- 出演者
- 金原ひとみ ヒャダイン 工藤幸四郎
今回はヒャダインと金原が巨大企業の社長が登場すると紹介。
ろこさんは数多くの時短レシピを生み出す料理研究家。自慢のレシピに欠かせないのはジップロック。プリの照り焼きレシピは片栗粉をまぶしたブリを入れて酒、みりん、砂糖、醤油を大さじ2を入れてしめじ、冷凍カット野菜を入れていく。こうして作り置きが完了。冷凍保存をすれば1ヶ月以上はもつ。食べたい時に電子レンジで加熱するだけでブリの照り焼きが完成。さらに欠かせないアイテムはサランラップ。
サランラップ一つで気軽にとんぺい焼きもつくれる。ろこさん考案の時短レシピは2000種類以上あるという。それらに欠かせない2つの商品を作っているのが旭化成。市場でのシェアは48%と圧倒的No.1。
旭化成のサランラップの品質の高さを実験する。サランラップに加え、一般的に流通しているAとB3つの商品の密閉性の検証では大葉をラップに密閉し、冷蔵庫に放置。5日後には、他のラップで包んだ大葉は変色したり、縮んだりしているが、サランラップはみずみずしさを保っている。耐久性の実験では、ボウルにラップを張ってその上に物を落としても耐えられるかというもの。60グラムのテニスボールでは商品Aは破れた。次に140グラムの硬式野球ボールと190グラムのソフトボールを落とす。サランラップと商品Bは破れなかった。次に1キロのメディシンボールを落としてみる。結果は商品Bは破れたがサランラップは無事。この優れた品質の秘密はポリ塩化ビリニデンという水分保持性や耐久性に優れた特殊素材。製造工程は企業秘密だが、肝となる部分では独自の技術で均等にふくらませることで、弾力性や密閉性を高める。旭化成の社長は工藤幸四郎。宮崎発の高く経営の勝ち筋とは?
オープニング映像。
スタジオゲストに旭化成の社長の工藤幸四郎が登場。旭化成が手掛けているマテリアル・住宅・ヘルスケア事業を紹介。リチウムイオン電池も手がけてるが、工藤は非常に重要な素材だと答えたが、辛抱強く続けて花が開いたと語った。住宅ではヘーベルハウスや分譲マンションなどを手がけているが、工藤は評判もよく成長性も高い事業領域だと答えた。ヘルスケアでは薬関係やAED、メディカル関係が好調で需要なポジションだという。工藤は事業を選ぶ基準については、コングロマリットの経営には制約条件があると語り、それは得た収益で、どこにお金を配分し、人をあてがうかには工夫がいると答えた。ニッチな市場で徹底的に知恵を出し、そこに集中していくと答えた。
工藤は「ナンバーワン オンリーワンを追求」という言葉の意味合いについてはそうであってもいずれは他が出てくる。新しいビジネスモデルはどこにあるかを常に探し続けるということを同時にやっていく。探し続け、新しいものを見つけながらポートフォリオを変えていくその努力がユニークなもの、ナンバーワンを生み出す最大のポイントになると答えた。
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旭化成のオンリーワンの技術はユニクロの商品にも使用されている。女性の肌着コーナーで得に売れてるのはエアリズム。フリースやヒートテックと並ぶユニクロを代表するヒット商品。その中で、長年女性用の肌着に旭化成の素材が使用されている。それがキュプラという成分。旭化成ではベンベルグという名前で世界に売り出しているとっておきの繊維。その最大の特徴は原料にあるという。コットンの素となる綿花の種を使用する。種の周りに生えている細かい産毛が素材。ベンベルグが生まれたのは19世紀後半のドイツ。シルクのような生地を目指して開発された。旭化成の創業者の野口遵が、製造技術を導入し1931年に商品化にこぎつけた。しかし製造には高度な技術が必要で採算も悪かったために多くの企業が撤退してしまう。それでも旭化成が決して諦めることなく技術を磨き続け世界唯一ベンベルグを作る企業になった。その特徴は柔らかい産毛をいかした滑らかな肌触り。様々な生地と比較するとベンベルグは真っ先に滑り落ちたがそれだけ滑らかさが際立つ。世界中で愛される記事になり、インドのサリーといった民族衣装や高級スーツの裏地などで重宝される。工藤は今回のスーツにもベンベルグを使用しているという。
スタジオではベンベルグの機能実験を行う。ベンベルグが水分をどれだけ素早く吸収するか、一般的な生地に使用されるポリエステルと比較。2つの生地を湿気を充満させた筒の中へ。するとベンベルグは湿気をよく吸うという実験結果となり、夏場のジャケットのむれ感やジメジメ感を抑える効果がある。さらに筒から出し、どれだけ早く乾くか速乾性も比較。ポリエステルは湿り気があるのに対し、ベンベルグはサラサラしている。工藤はベンベルグについて糸は非常に柔らかく取り扱いが難しいという。その取り扱いの難しい糸をどう作り込むかという技術が必要で、日本の製造メーカーの特徴だが、糸を生地にしてくれる機屋や染色屋と技術を一緒にして作り上げていく。一緒に努力をしながら作り上げていくのは日本独自のものがあると答えた。作ったものをどう売るか、世界中にアンテナを張り、どこに使えるか探している歴史があり、中近東やインドの民族衣装や肌着、女性用のアウターウエアに行き着いたという。
宮崎県延岡市の展望台に工藤の姿が。旭化成は旭絹織として1922年に創業した。戦後間もない1946年に旭化成工業へ社名変更した。躍進のきかっけは5代目社長の宮崎輝。それまでの繊維中心から石油化学製品に住宅など積極的に事業を拡大し経営を多角化。周囲からはなんでも飛びつくダボハゼ経営と言われながらも巨大企業の礎を築き上げた。その経営スタイルを表すうえで大切な言葉は、健全な赤字。将来大きな利益を生み出すために新しい事業に乗り出す。旭化成の新しいチャレンジ精神を体現した言葉。旭化成のお膝元の延岡市で生まれ育ったのが工藤。旭化成のことを強く意思したのは6歳の頃。小児結核で半年間入院した時に、鬱屈とした気分の中で病室の窓から見えたのは、工場で働く旭化成の従業員の姿。生き生きと輝くその姿に勇気づけられたという。その後、宮崎県立延岡高等学校へ。中学までは野球一筋だったというが、当時新設されたばかりのハンドボール部に入部した。持ち前の運動神経の良さとリーダーシップを発揮しチームのまとめ役に。一方周囲の部員もほとんど高校からハンドボールを始め、野球や陸上など他のスポーツの経験者が多かった。そこで、自分の個性をどう活かそうかと考えたという。工藤は部員一人一人の適性を見極めてふさわしいポジションや戦術を指示。その結果、インターハイへ出場。そこで適材適所の大切さを学んだ。この経験は社会人になっても大きく生かされる。
大学卒業後に旭化成に入社すると配属されたのは繊維の営業部門だった。48歳繊維部の事業部長になったが、そこで海外事業で赤字だった部門からの撤退を主導した。他社との競争を勝ち抜くための厳しい選択だったという。時代や環境変化にあわせ人や資金などの限られた経営資源を伸びしろのある分野にしぼり割り当てていった。2022年に社長に就任。工藤は大切にしていることには当時のハンドボール部は強いチームに比べ劣っていたと答え。役割の中で特徴をいかしたプレーができるようになったが、そのポジションでは誰にも負けないという選手がいっぱいいたが、それがハマった時はチームが強くなる。会社も優秀な人材がいるが、それぞれ性格や得意とするものは違い、その個性をどう生かせるか、会社の経営で人材を活用するという意味で重要だと答えた。また大学時代の恩師から教わった座右の銘について工藤は「伝統は守るべからず創るべし」と答え、自らチャレンジしなければいけないという強い言葉だと感じたという。そして今の会社のキャッチコピーは「はみだせ!うみだせ!旭化成」だが、工藤は、常にチャレンジしなければオンリーワン、ナンバーワンにはならないという意味だと答えた。また不採算事業からの撤退も断行したが、工藤は先代の社長が伝えた「健全な赤字」という言葉に、その捉え方が難しく、今辛抱してもどういうことが起こり得るか、旭化成らしさを具現化できるかどうかであって、辛抱してやっていこうというのが健全な赤字だと答えた。
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旭化成では半導体事業も行っている。近年積極的に経営資源を投影しAIや自動運転などに使用される半導体の素材を製造。さらに半導体そのものも作っている。オーディオシステムは旭化成独自の技術が使用されたベルベットサウンド。ヒャダインがそのベルベットサウンドを体験する。今回は2つのオーディオ機器で聴き比べをする。一つは某オーディオメーカーの最上位モデル。もう一つは旭化成が開発した半導体を搭載したベルベットサウンド。
旭化成が開発した半導体を搭載したベルベットサウンドにヒャダイン立体感や滑らかさがあると答えた。この技術は自動車用オーディオシステムにも研究・開発している。
社長に聞きたいことを旭化成の社員に聞き出し、工藤にぶつける。理想の上司とは?について工藤は脇が甘い人がいいと答え、関西に住んでいたせいか、そうした和やかな環境にいてコミュニケーションの円滑につながったという。
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金原は今日の総括に、今回のディレクターは宮崎県出身。彼の祖父母は、旭化成のベンベルグ工場で出会っていた。しかもその事実を、取材のついでに寄った実家で聞かされたのだという。六歳の時に病院の窓から見えた旭化成の従業員に希望を抱き、とうとう社長に上り詰めた工藤さんもまた、旭化成に人生を運命づけられた一人だ。厳然と旭化成らしさを追求し続けるそのストイックな目線に外の世界に焦がれる少年の、切実な瞳を見た気がした。従業員の多さ、領域の広さもあるだろうし、消費者に近いものを作っていることもあるのかもしれない。でも何よりも「はみだせ」と推奨する旭化成だからこそ、物づくりの枠を超え、あらゆる人々の人生に爪痕を残す会社であり続けているのかもしれない。旭化成がなかったら僕いませんでした、と笑うディレクターの言葉に。思いがけず打ちひしがれた。とした。
カンブリア宮殿の番組宣伝。
