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「種次郎さん」 のテレビ露出情報

1972年10月にフィリピンで旧日本兵とフィリピン警察との間で銃撃戦が発生し、小野田寛郎少尉が逃亡した。日本政府は現場となったルバング島に捜索隊を派遣したが、小野田さんの捜索は難航した。小野田さんはスパイの養成機関・陸軍中野学校の二俣分校の出身。同期だった井登慧さんは「生き延びて任務を完遂せよと命令された」などと話した。小野田さんは二俣分校での教育の影響で「出てきたら殺される」と思い出てこなかったという。捜索は3度行われたが、小野田さんを見つけることは出来なかった。しかし冒険好きの鈴木紀夫さんが単身ルバング島に赴き、小野田さんの目撃情報があった場所でキャンプを行った。鈴木さんに気付いた小野田さんは銃を持って近づき、鈴木さんは震えながら日本へ帰るよう説得。小野田さんは上司の命令文があれば投降すると約束した。そして当時の上司だった谷口元少佐が現地に向かい、小野田さんに任務解除の命令を下した。捜索隊に参加していた大野拓司さんは小野田さんの心境の変化について「50歳となって心理の変化があったと思う。命令で残れと言われたのだから命令を解除してくれれば私は正々堂々と帰るとなったのではないか」などと話した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月8日放送 18:30 - 21:58 フジテレビ
ザ!戦後80年の映像遺産SP 池上彰×加藤浩次の運命の転換点(ザ!戦後80年の映像遺産SP 池上彰×加藤浩次の運命の転換点)
1972年10月、フィリピンのジャングルでも一人の残留日本兵の大捜索が行われていた。当時そこで残留日本兵が銃撃戦を行い、一人が逃亡したとの報道が流れていたためである。小野田寛郎少尉は陸軍中野学校で厳しい訓練を受けた兵士だった。家族が呼びかけても中々姿を現さず、ついには高齢の父親までもが島に足を運び説得にあたった。小野田さんが姿を現したのは2年後で、元上官から[…続きを読む]

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