JR福知山線脱線衝突事故は乗客106人と運転士が亡くなり、562人が重軽傷を負った。2005年4月25日、林浩輝さんが乗り込んだのは先頭車両だった。制限速度を大幅に超えた列車がカーブを曲がりきれずに脱線し、沿線のマンションに衝突した。林さんは車内に閉じ込められた。時間とともに途絶えていく乗客の声。林さんの体は折り重なった何人もの乗客の下敷きになり、圧迫され続けた。難航する救出活動。閉じ込められた林さんに医師は、現場で点滴・酸素の投与をはじめた。事故発生から22時間後、最後に救出された乗客だった。しかし、一命は取り留めたものの両脚を切断。待ち受けていたのは、リハビリや後遺症と向き合う日々だった。それでも2008年に大学を無事卒業し、就職し社会人として一歩を踏み出した。そのころ事故現場を訪れた。いまは在宅で事務の仕事をする林さん。2年前再び苦難があり、てんかんを発症した。足がない不自由な生活にさらに襲いかかった病。人生を一変させた脱線事故から21年、いま思うことについて「本当の意味で受け入れることは一生をもってしても時間がかかる」などと話した。
