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「嵐山町(埼玉)」 のテレビ露出情報

今回は岩渕麗楽を特集。数々の大会で表彰台を登ってきた。手にしていないのはオリンピックのメダル。4年前の北京オリンピックで岩渕は大技に挑んだが、しかし2大会連続4位に終わった。その後通っていた大学を休学し、次のオリンピックにすべてを掛けて練習に打ち込んだ。しかし去年10月に直面した試練が。ケガを抱えてオリンピックの出場のかかる試合にでることに。取材を始めたのは去年7月。記録的な猛暑の中で埼玉県の練習上に早朝から赴き、ビルの5~6階の高さまでをのぼった。プラスチックの上のブラシを滑り降り空中に飛び出すオリンピックに向けた練習が始まった。横に4回転の1440は、女子では一握りしか成功していない最高難度の技。
国内外で多くのトップ選手を育ててきた佐藤康弘コーチ。岩渕は10年以上その指導を受けてきた。話し合っていたのは飛び出す前のほんの数秒の動き。板を踏み込みながら全身を使ってひねりを加える。ポイントは頭の位置で速く回そうとすると内側に倒れて板を踏む力が弱まる。回転に勢いがつかずに着地も間に合わない。ほんの一瞬の繊細な体の操作を繰り返し覚えていくしか無い。38℃近い暑さの中で飛んでは登ってを繰り返した。ふと動きをとめた岩渕だが暑さにやられていたという。この日は1時間をかけ50回を超えるジャンプをしたが、こんな練習を毎日続けているという。
岩渕が初めてオリンピックに出場したのは8年前の平昌オリンピック。16歳で出場したが大舞台の雰囲気に飲まれないよう必死だったという。最後の3本目を失敗し4位に。今度こそと4年間練習をつんで臨んだ北京オリンピック。しかし予選でアクシデントがあり、転倒の際に板のエッジに左手を弾かれ左手の甲を骨折した。板を掴むグラブの動きに大きく制限された。左手にギプスをしたまま決勝に臨み、最後の3本目を残し4位につけた。そして披露したのが縦に3回転する、女子では世界初の大技のトリプルアンダーフリップ。成功したかに思えたが踏ん張りきれず4位に。北京オリンピックから1年後、岩渕は大きな決断に通っていた大学を休学し住まいを東京から埼玉の練習施設にうつした。それ以来続けてきた猛練習の日々。10月にオリンピック出場のかかるW杯が2ヶ月後に迫っていた。表彰台に上がれば代表入りに大きく近づく。順位は事なる2つの技が採点されその合計点で決まる。この日はフロントサイとドとバックサイドを実践を意識し繰り返してきた。技の完成度なども書肺を分ける一つ。板の先端を掴むノーズグラブは難易度が高く、高得点を狙えるという。
自分を追い込みながら飛び続ける毎日。その中で岩渕が足繁く通っているのは整骨院で、体のケアを受けている。4歳の時に両親の影響でスノーボードを始め、物心ついた頃には練習に明けくれる日々だった。中学に入ると国内外の大会に出場し、小さな体から思いきりのよい大技で人々を驚かせた。15歳にしてワールドカップ初優勝。日本を代表する選手になったが、年々挑む技は難しくリスクの高いものに。去年1月には両足首を骨座礁。長年着地の衝撃をうけたことで軟骨はすり減っていた。
去年の岩渕は足首の痛みにたえながら大会に出続けた。その結果、オリンピックを目指してきた。10月上旬に、スイスの雪山で大会に向けた合宿がスターとした。回転数の低い技から練習をはじめ1400のクリアを目指す。日本で練習したことを雪上で試していく。力を入れてきたノーズグラブや、回転数もい増え、これまでより莫大に安定感を増した。1440までもう少しというところで足に異変が。
帰国して病院へ。右膝の骨挫傷と診断され、合宿も全て白紙に。その2週間後に練習を再開した。ヒザの痛みはまだり、それでも他の選手が雪山で技を磨く中でこれ以上休むわけにもいかない。選んだのは初心者用の低い台で出場での滑りを意識し、何度も何度も飛び続けた。岩渕が雪上に戻ってきたのはケガから40日近く経過した11月初旬。中国でのワールドカップ第一戦まで一週間をきっていた。ケガから復帰して初めてのジャンプに挑むが、なかなか飛ぼうとしない。スタート地点に立って20分が経過した。恐怖心を押し殺し技のレベルをあげ、3回転のノーズグラブにトライし、着地も決まったがその直後、岩渕は足の痛みを訴えた。練習を取りやめにし、満足に技を試せないまま刻一刻と試合に日が近づく。
佐藤コーチが岩淵に何かを伝え、岩渕はその直後に練習を再開。着地は通常板と斜面の角度がピタリと合うようにして両足で衝撃を受け止める。それをあえてテールから着地し、板のしなりで衝撃を減らそうとしていた。着地の難度はあがるが、痛みは少ない。思い切りの良いジャンプが戻ってきた。踏ん張らずに転倒することもおおいが3回転半までトライすることができた。何度も思い返してきた過去二回のオリンピック。オリンピックにつながるW杯第一戦がスタート。8人で戦う決勝に進んだ岩渕は、表彰台にあがるためには3本のジャンプの中で少なくとも2つジャンプを決める必要がある。大会は、大荒れの展開で、全員が着地を失敗したが強風が吹いていたため。ジャンプの飛距離が狂ってしまうという。
5人目に岩渕が一回目のジャンプに挑戦。キレイに着地を決め、練習してきたノーズグラブのバックサイド1080を成功させ2位に。そして2本目はフロントサイド1080に挑戦したが助走で追い風をうけて加速し想定を超えた飛距離に。耐えてきた右足が悲鳴を上げた。最後の3本目に岩渕はビッグジャンプを決め、2位に。しかし滑りには納得しておらず気を引き締めて行く必要があると答えた。その後も大会が行われたが12月の2大会を欠場し足の治療にあてることに。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月23日放送 16:48 - 18:30 テレビ朝日
スーパーJチャンネル(ニュース)
過去最多となる9個のメダルを獲得したスノーボード。プロスノーボーダーの田中幸が注目するのは日本人選手が得意とする細かい動き、エアマットと呼ばれる着地クッションなど練習施設の充実、優秀な指導者。日本のコーチ陣は海外選手からオファーが来るほどだという。

2026年2月23日放送 16:45 - 19:00 日本テレビ
news every.なるほど!
スノボ日本勢躍進のワケは?スノーボードのメダルは9個獲得している。スノーボードは全部で11種目あり、さまざまな競技で活躍しているワケをプロボーダーの広野あさみさんが解説した。1爪は充実した練習環境があること。実際に練習が行われている埼玉クエストでは、滑走路に人口ブラシが敷き詰められている。この上を滑ると雪のときと同じような感覚だという。日本の練習場の特徴は精[…続きを読む]

2026年2月19日放送 21:54 - 23:10 テレビ朝日
報道ステーションミラノ・コルティナ五輪
深田茉莉は19歳と1か月で、冬季五輪で日本女子における最年少の金メダリストとなった。しかし前評判が高かったわけではなく9日のビッグエア決勝では9位で、ブックメーカーの予想でもスロープスタイルでのメダル獲得は圏外だった。深田を支え続けた父・範夫さんは「笑顔で帰ってきてもらいたい。メダルがどうこうより自分がやりたいことがやれて、満足して帰ってきてくれたらいい」な[…続きを読む]

2026年2月19日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日
グッド!モーニング(ニュース)
深田茉莉が中学2年生の時、地元愛知の練習施設に佐藤康弘コーチが来場。ほんの30分の指導を受けただけで、ジャンプの高さが2倍となり「この人は違うな、と思った」と衝撃を受けた。両親の後押しもあり、当時通っていた中高一貫私立校を辞め、高校進学と当時に兄と2人で埼玉県嵐山町の練習施設近くへ転居。本格的に“やっさん”の指導を受けると、22年のW杯デビュー戦で優勝。めき[…続きを読む]

2025年12月16日放送 23:00 - 23:56 TBS
news23eyes23
基盤を塗ることで世界を制したのが太陽ホールディングス。ソルダーレジストという基盤に塗られている緑色のインクを製造している。ソルダーレジストは電気を通さないので、基盤の回路をソルダーレジストで覆うことでほこりが付着しても正しい電気信号を送ることができるのだ。創業時に手掛けていた印刷用インクの製造技術、化学物質の配合技術をいかしてソルダーレジストを作っていて、世[…続きを読む]

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