飯舘村の南部に位置する「長泥地区」は、村で最も深刻な放射能被害を受けた。原発から吹き上げられた放射性物質は風に乗り、長泥上空で雨や雪となって降り注いだ。当時の長泥の区長・鴫原良友さんの自宅周辺の放射線量は、高い数値を示していた。線量がとりわけ高い長泥は、飯舘村で唯一「帰還困難区域」に指定された。地区の入口にはゲートが築かれ、出入りは厳しく制限された。本格的な除染が始まっても、長泥だけは放置された。事態が動いたのは事故から7年後、鴫原さんは住民との議論を重ね居住区域の除染と引き換えに国が主導する「再生事業」を受け入れた。再生事業では、放射能に汚染された土を再利用によってその量を減らすことを目指す。高濃度の土は福島第一原発近くの中間貯蔵施設へ、長泥では低濃度の土を使った再生実験が行われた。除染土を一般の土で覆い、栽培した農作物に放射能の影響があるかを調べた。
