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「後藤新平総裁」 のテレビ露出情報

NHK放送博物館で、ラジオ放送初日の様子を聞くと。簡素な作りだったスタジオは、社屋がまだできておらず、都内の学校を間借りして最低限の機材のみで放送開始に間に合わせたという理由があった。1925年3月22日ラジオ放送開始、第一声を届けたのは日本初のアナウンサー「京田武男」。初代総裁、後藤新平もマイクの前に立ち「放送の機能とは、文化の機会均等・家庭生活の革新・教育の社会化・経済機能の敏活だ」と話した。後藤が掲げたラジオの4つの役割を達成するには壁があった。
放送開始当時の状況がテープに残っていた。放送が始まった3月、ラジオを聞くことができた人の数は3500人。放送の意義が十分伝わっていなかった。ラジオに託した4つの役割を達成させるため、後藤は最後の大風呂敷を広げる。後藤たちは放送の原点となる取り組みを進めた。後藤たちが取り組んだのは、魅力あるコンテンツ作りだった。4つの役割につながる番組が用意される。更に受信機の普及にも取り組み、安く手に入れられるよう職員を派遣して各地でラジオの作り方を教えた。放送開始の翌年受信者は20万人を突破、日本にラジオの時代が到来する。ラジオ放送開始から4年後、後藤新平は71歳で生涯を閉じた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年10月9日放送 5:50 - 9:00 日本テレビ
ZIP!街録ZIP!リアルレビュー
関東大震災後、街の区画整理や鉄筋コンクリート製の小学校の導入など内務大臣として東京復興に力を注いだ後藤新平が残した「金を残して死ぬ者は下だ 仕事を残して死ぬ者は中だ 人を残して死ぬものは上だ」との言葉。野村克也さんの座右の銘の一つとしても知られている。高校生の時に知り、人間関係を大切にするようになったそうだ。

2025年5月4日放送 9:00 - 10:00 NHK総合
歴史探偵(オープニング)
ことしの3月は日本で放送が始まって100年の節目の年、その立ち上げに深く関わった人物「後藤新平」を紹介。放送の生みの親といえる人物。1925年3月22日、日本でラジオ放送が始まった。最初の演説を行ったのが、東京放送局初代総裁「後藤新平」。

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