TVでた蔵トップ>> キーワード

「成種神社」 のテレビ露出情報

日本の定番お菓子の柿の種。実は海外でも販売されており、味は数百種類以上。元祖は浪花屋製菓が生み出した柿の種。その歴史は100年以上。2024年には誕生100年を記念し「柿の種発祥の地」オープン。成種神社は“失敗しても道はひらける”と挑戦する心が大きな実を結ぶ物語を継承する神社。大正12年、新潟県長岡市。後に柿の種を生み出す今井與三郎は自宅横に小さな工場を建て夫婦で煎餅店を営んでいた。今井は子供の頃から口が達者でアイデアマン。新しい商品を模索していたある日、大阪の青年の谷口があられを伝授。谷口はあられ作りの知識はなく、そのうち姿をくらました。寝る間も惜しんで開発。約1年後、姿をくらました青年にちなんで屋号を浪花屋とし、町や店であられを売り始めた。しかし、金型をつぶしてしまうという大事件が。ところが、つぶれた金型であられを作ると柿の種の形がバクタン。試食してもらおうと生活雑貨店や呉服店に持ち込むも「小粒なのに値段が高すぎる」と買い手は付かず。そんな時、味のアドバイスをしてくれた青果店の店主が運命を変える。1924年、柿の種がバクタン。その後1年かけ味や製造方法の基準を構築し、町に出て販売してみると人気に。昭和初期には新潟市へ進出。工場も建設し長岡で作った製品を船で大量に運び、現在も続く浪花屋製菓株式会社として法人化。そして柿の種が全国に広まるきっかけとなったのが缶。1961年、缶入り「元祖柿の種」バクタン。湿気を防ぐことで遠方への輸送が可能となり全国区へ。また、戦後の復興期から高度経済成長期にかけて新潟で柿の種を作る米菓メーカーが急増し、新潟の名産として定着したことで柿の種は米菓の一つのジャンルになるまでに成長したという。新潟は豪雪地帯だったので雪を道路から消すための「消雪パイプ」があり、それも今井が発明したが、消雪パイプの権利も無償で行政に提供していたため、柿の種の商標権も取らなかったのではないかという。今井は柿の種の製造工程は公開していない。

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.