1957年1月29日、南極の昭和基地が開設した。南極観測隊に不測の事態が発生し15頭のカラフト犬が南極に置き去りにされてしまった。しかし犬たちは生きていた。生きていたのはタロとジロ。しかしこの物語には解明できない謎があった。
1956年11月、南極に日本初の南極観測隊が向かった。目的は気象や生態系の調査。大量の物資を運ぶため、雪上車とは別に犬ぞりも準備された。第1次観測隊は任期を終え交代。犬たちは実力が認められ次の隊に引き継がれることになった。だが悪天候で第2次観測隊が遅れ、仕方なく基地に係留した状態で引き継ぐことになった。北村泰一さんはしっかり首輪をしめ、沢山の食料を目の前におき、メス犬と生まれたばかりの子犬を連れ昭和基地をあとにした。しかし状況が悪化し第2次観測隊は越冬を断念。犬たちはそのままに日本へ帰還となった。
1年後、再び南極観測が再開された。北村さんは全滅しているであろう犬たちの供養をしたいと再び越冬隊に参加した。昭和基地に着くと、元気なタロとジロの姿があった。残りの13頭の犬の捜索をすると7頭は遺体で発見。6頭は首輪から抜け出し行方不明。生き延びることが出来たのかを調べると、食料は残ったままだった。
1956年11月、南極に日本初の南極観測隊が向かった。目的は気象や生態系の調査。大量の物資を運ぶため、雪上車とは別に犬ぞりも準備された。第1次観測隊は任期を終え交代。犬たちは実力が認められ次の隊に引き継がれることになった。だが悪天候で第2次観測隊が遅れ、仕方なく基地に係留した状態で引き継ぐことになった。北村泰一さんはしっかり首輪をしめ、沢山の食料を目の前におき、メス犬と生まれたばかりの子犬を連れ昭和基地をあとにした。しかし状況が悪化し第2次観測隊は越冬を断念。犬たちはそのままに日本へ帰還となった。
1年後、再び南極観測が再開された。北村さんは全滅しているであろう犬たちの供養をしたいと再び越冬隊に参加した。昭和基地に着くと、元気なタロとジロの姿があった。残りの13頭の犬の捜索をすると7頭は遺体で発見。6頭は首輪から抜け出し行方不明。生き延びることが出来たのかを調べると、食料は残ったままだった。