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「昭和基地」 のテレビ露出情報

新潟県との県境に近い長野県信濃町に住む鈴木常春さん(72歳)を訪ねた。最低気温マイナス13℃を記録した雪深い山奥で一人暮らし。江戸時代の後期に建てられた築200年の古民家を改修しながら生活している。取材スタッフに自家製カモミールティーをごちそうしてくれた。鈴木さんは大手通信会社ソフトバンクの元社員。東京都新宿区に暮らし、今とは真逆の都会生活を送っていた。南極地域観測隊として昭和基地に滞在し、人類初の大偉業に関わったという。どんな偉業に関わり、ナゼ長野の山奥へ移住したのか探るべく密着した。
鈴木さんが屋根の雪下ろしをした。全部やるのは無理なため、危ない場所だけ行う。取材スタッフも屋根の上に上がるとその高さに驚いてしまった。雪下ろしの後は外の大自然を眺めながらコーヒーを飲んで休憩。その様子を取材していたスタッフに木の枝に積もっていた雪が落ちてきた。
午後5時になると夕食の準備。大根&にんじんを一口サイズにカットして鍋の中へ。夏は畑で野菜を作っているが、冬は雪が積もっているので畑は使えない。豚肉・しめじ・厚揚げなどを加え、酒と醤油で味を整える。味の決め手は自家製味噌。煮卵と白子を入れて特製の山賊鍋が完成した。取材スタッフにも振る舞ってくれた。
鈴木さんは昭和28年に福島県国見町で生まれた。上京して大手通信会社KDDに就職。海外の通信網を整備するため15年間で世界各20カ国以上を飛び回った。1990年8月2日にイラク軍がクウェートへ侵攻。鈴木さんが育てたクウェート人技術者は巻き込まれて命を落としたという。鈴木さんはKDDを46歳で退社し、後にソフトバンクに買収される日本テレコムへ転職。南極からハイビジョン映像を送る施設を作ることになり、世界各地での通信網の整備の経験を買われてメンバーの一人に抜擢。48歳だった2002年に第44次南極地域観測隊に参加した。2003年に南極から人類初のハイビジョン映像の中継に成功した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月25日放送 16:00 - 16:30 TBS
東京空色さんぽ東京空色さんぽ
墨田区・業平をさんぽ。磯貝商店は大正時代末期から100年以上続く老舗の足袋店。すべて手作業で作られている。足袋作りの技術を生かした丈夫な作業着は南極の昭和基地でも使われていた。

2026年10月25日放送 10:00 - 11:15 フジテレビ
かのサンド(かのサンド増刊号)
おさんぽを再開。「磯貝鉄蔵商店」は大正時代の創業で100年以上の歴史がある。鳶職人の作業着「種田」の専門店。鳶職人が種田の作業着で作業をしていたところ、同行していた自衛隊員が気に入り昭和基地で広まった。鳶職人は町火消しの仕事も兼ねていた。江戸時代は火事があると建物を壊して火が回るのを防いでいた。作業着上下は50,000円。

2026年10月7日放送 19:00 - 21:00 フジテレビ
世界の何だコレ!?ミステリー(何だコレ!?ミステリー2時間SP)
1956年11月。日本初の南極観測隊が南極の気象や生態系の調査のために向かった。犬ぞりが準備され、19頭のカラフト犬と隊員たちの共同生活が始まった。第1次観測隊は任期を終えて交代になり、犬たちも引き継がれることになったが、第2次観測隊は悪天候で到着が遅れて基地に係留して引き継ぐことになった。しかし天候悪化で第2次観測隊は上陸できず、越冬を断念することになり、[…続きを読む]

2026年10月7日放送 4:05 - 4:15 NHK総合
視点・論点(視点・論点)
南極地域観測市場は開始から70年がたち、取り巻く環境が大きく変化している。特に地球温暖化を始めとする気候変動は南極の環境変化に大きく影響を及ぼしている。これまでの歩みを振り返り、今後期待される観測研究のあり方について紹介する。
日本の南極地域観測の始まりは1950年代に遡る。1956年に観測船「宗谷」が就航し、日本初の観測隊が南極に向かった。翌年、東南極に[…続きを読む]

2026年10月7日放送 0:59 - 1:29 日本テレビ
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2つ目のスポット・船橋港で発見したのは南極観測船SHIRASE5002。1983年、3代目南極観測船として就航。25年間で日本と南極を25往復。2008年に役目を終えて南極観測船に係留している。役目を終え解体が決定していたが歴史的価値を未来へ伝えるため保存され船内見学が楽しめる。200人以上が約半年航海するSHIRASE5002には理髪室・医務室・歯科治療室[…続きを読む]

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