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「東京都」 のテレビ露出情報

柔道100キロ超級の斉藤立は、選手生命を脅かす首のケガをした。斉藤は脚光を浴びたのは、2022年の全日本選手権。身長1m92センチからなる豪快な柔道で20歳で日本一になった。そして金メダルを期待されたパリ五輪で個人戦で準決勝敗退。失意のオリンピック直後に自分を成長させたいと考えていた。首の手術から四ヶ月経過、斉藤は術後初めて稽古にやってきた。半年ぶりだというが、実業団チームに席を置き、母校の国士舘大学で稽古をしている。この日は軽い打ち込みだけとなったが、まだ本格的な稽古は出来ずにいた。その後向かったのは整骨院で、皮膚がかたまりやすいために首や肩の可動域が狭くならないよう週に3回通っている。鴇田大志さんは斉藤が大学1年生から見ており、その体に起きていたある異変について明かしてくれた。
去年のパリ五輪で、斉藤は体にトラブルを抱えたまま戦っていた。右手に力が入らず、肝心の組手が出来ず思うような柔道ができなかったという。不甲斐ない試合に厳しい批判が浴びせられた。帰国後に検査を受けると頚椎椎間板ヘルニアおよび脊柱菅狭窄と診断された。担当した医師は選手生命を脅かしかねないケガだったという。7時間におよぶ大手術は、術後ベッドの上で動くこともできなかった。待っていたのは長いリハビリ生活で復帰に半年以上かかると告げられたという。パリでの惨敗と首のケガで心が折れかけていた斉藤。通っていたトレーニング施設の光景に衝撃をうけたというが、パラリンピックの選手をみて、両腕がないが脚だけで生活しているのをみて、自分はなぜこんなにも悲観しているのかと感じたという。もう一度、真剣に柔道と向き合うと誓った斉藤は基礎体力を戻すトレーニングを行った。嫌いだった走り込みにも積極的に取り組むようになった。
手術から7ヶ月経過した今年五月には、斉藤は柔道の稽古をはじめた。目標に掲げたのは11月の講道館杯での優勝。選考会でもあるためにロサンゼルスオリンピックへ向けた最初の関門となる。柔道を初めて以来、畳を離れたのは初めてのこと。取り組んでいたのは投げ技の基本動作を行う。理想の位置に印をつけて技に入る時の脚を運びをくりかえし練習していた。斉藤には手本とする柔道家がいて、それは父の斉藤仁。ロスとソウル五輪2大会連続金メダル。抜群のキレをみせパワーとスピードが融合した柔道で海外勢を圧倒した。父のような柔道を求め、10キロのおもりを技をかける動作をして引き、瞬発力を磨く。これまで力任せになりがちだった自分の柔道を見直すことに。この日出稽古にきた斉藤は、日本製鉄柔道部で実践感覚を取り戻そうとしている。だが8ヶ月のブランクが重くのしかかるが、技に入ってもかけきれない。自分より体重が50キロと軽い相手にも簡単に投げられてしまった。 連日出稽古に臨んだ斉藤は、かつての全日本王者がボロボロになりながら何度も立ち向かう。
斉藤は幼い頃から柔道をするのが当たり前だった。小学生になると、父の仁さんの英才教育を一心にうけた。小学6年のときに全国少年柔道大会で優勝。しかしその後に父はがんのため死去した。父に恩返しをしたいと同じ高校に進み、稽古に励んだ。そして20歳の時に全日本選手権で優勝。親子2世代で制するのは史上j初めての出来事だった。まだ果たせていないオリンピックでの優勝を父に報告したいと考えている。復帰にあたり一から体を作り直し、調理学を学びメニューを考える。体重は170キロから146キロに。ほぼ脂肪だけで26キロ減った。
8月になり、首の不安がなくなった斉藤はパリ五輪以来、一年ぶりとなる公式戦に出場した。講道館杯に向けてここでは優勝を狙っていたが初戦は積極的に試合を仕掛け復帰後初の勝利を手にした。その後もブランクを感じさせない動きで一本勝ち。そして決勝の相手は勝利したこともある一色勇輝。相手に攻撃を仕掛けるも、攻め手をかいたまま迎えた残り1分16秒のときだった。一瞬の隙をつかれ、技アリを奪われた。そのまま抑え込まれ1本に。その後斉藤は技術的な課題を解消しようとしていた。その決勝での敗因は左手の釣り手を相手の腕より上で組んで戦うことが多かった。この組手だと釣り手の力が伝わりやすく、斉藤は技を繰り出しやすかったが逆に釣り手を相手の腕よりも下で組まなければならなくなると、力が入りづらくなり技もかけづらくなる。実業団の決勝ではそれが研究されていた。耳の近くで持つことで力が伝わるようになり相手を投げやすくなるという。それを体に覚えさせた。
講道館杯を前に母校に中学校にやってきた斉藤。ここに来ると気持ちが奮い立つという。中学1年の時に父の仁さんが亡くなったが、自分は父の期待に応えられるかどうかと、不安を振り払おうと必死に稽古を重ねた。この1年、家族も温かく見守ってきた。母がみせたのはロサンゼルス五輪の金メダル。仁さんが1984年にロサンゼルスで獲得したもので斉藤は3年後に、父と同じ場所で金メダルを目指している。11月の講道館杯当日、手術から1年が経過し目標としていた大会を迎えた。36名が出場し、優勝すれば日本代表に復帰する道が開かれる。初戦の相手は実力者で、相手は斉藤の上から組んでくる。しかし、左手の釣り手を上げたと同時に、豪快に投げた。その後の試合も上から組んでくる相手を攻め続け、勝利を重ねていった。決勝は全日本選手権で優勝した中野寛太が登場。中野が仕掛けるが斉藤は譲らない。勝負は延長線に臨んだ直後に斉藤が勝利し、連続技で有効。優勝し国際大会の出場権を得た。斉藤はまだまだここからと意気込みを語った。

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