埼玉・東松山出身の吉田は、小学生で長距離に興味を抱く。中学・高校と陸上部に所属したが目立った成績は残せなかった。大学は青山学院大学に進学。しかし、大学3年まで箱根駅伝出場なし。当時の吉田について青山学院大学の原晋監督は、3年生まで次点の男という形で選ばれなかった、特に3年生のt機には選ばれなかったことに対する挫折感は人一倍大きい挫折を味わったと思うと語る。練習量を大幅に増やした吉田はラストイヤーにかけていた。吉田は、箱根を集大成にしてもいいと感じていたので、食事も睡眠も私生活も、普通の大学生ではない生活を送ったという。その努力は原監督も認めるところ。原監督は「吉田はそこから頑張りました 逃げませんでした」「身体能力は高い方ではない どちらかといえば低い方です でも能力は身体能力だけではない 努力する能力が世界No.1」だと話した。
