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「東松島市(宮城)」 のテレビ露出情報

今回のゲストはスポーツを盛り上げた手倉森誠と嶋基宏。嶋は元楽天イーグルスのキャッチャーで15年前に東日本大震災で大きな被害をうけた東北。当時選手会長だった嶋は力強い言葉とともに野球を通して東北の人々を勇気づけてきた。元ベガルタ仙台の監督の手倉森誠は震災から一ヶ月あまり再開した試合では、逆転勝ちし逆境に負けない姿をみせてくれた。手倉森は15年が経過したが節々にあの時のことは思い出されると答え、今でも忘れてはいけないという気持ちを感じるという。嶋は3月11日になると忘れてはいけないと感じると答えた。2011年の3月11日に、楽天イーグルスは、兵庫県でオープン戦に臨んでいた。震災発生29日目、嶋基宏らは震災後初めて現地を訪れた。嶋はこんな時になぜ来ているのかと言われると思っていたというが実際は感謝されたという。一方、震災発生7日目にベガルタは手倉森らが持ってきた支援物資の使用しなくなった練習着を渡した。
手倉森はベガルタ仙台として地域に根ざす球団として寄り添わなければと感じ、1週間後に選手たちと活動をしようと話したという。嶋は震災が発生しなかなか宮城に帰れず、帰らせて欲しいとお願いしたという。しかし実際は道路は使えず、帰っても今は迷惑になると何度も言われていたという。震災後再開した試合で逆転勝利したベガルタ仙台。浦和レッズ戦にも勝利し人々に勇気を与えた。そして楽天も震災後の試合で勝利を収めた。手倉森はスポーツでメッセージを被災地で届けたいという思いがあったと答えた。嶋は代表でマイクで話すことになったが、当初は用意された文章だったが、それがイメージとはかけ離れたものだったので、球団と話をし、その言葉にたどり着いたという。指導者として伝えたいことに手倉森はJ1の優勝を被災地に約束していたと答え、それが果たせずリオ五輪の日本代表監督になったが東北人として世界と戦い、その姿を届けたいと思ったと答えた。嶋は人の痛みがわかる選手を育てていきたいと答えた。また野村監督と星野監督から学んだことを紹介した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年3月14日放送 23:00 - 23:45 NHK総合
Venue101Venue101 EXTRA in 仙台
宮世琉弥には「宮城から世界へ」という決意が込められている。今回、自ら作詞した「Voice」をテレビ初披露。漁師の相澤太さんは宮世が幼少期を過ごした東松島市でのりを手掛けている。東日本大震災の津波で漁業区域は壊滅的被害を受けるも、翌年にはのり漁を再開させた。現在、震災前と同じ水準まで生産量は回復した。宮世は23年、東松島市にある母校を再訪。震災で停止した時計を[…続きを読む]

2026年3月12日放送 5:20 - 8:00 TBS
THE TIME,芸能エンタメ
東日本大震災から15年を迎え、午後2時46分、各地で黙とうが捧げられた。震災当日に宮城・気仙沼市でロケをしていたサンドウィッチマン・伊達みきおは「これからも出来る限り寄り添って生きたい。あの津波から共に逃げて助かった事には変わりないから」と、16年連続で気仙沼からブログを更新。当時、津波の被害を受けた宮城・東松島市の小学校に通っていた俳優・宮世琉弥は「今はま[…続きを読む]

2026年3月12日放送 1:51 - 2:40 NHK総合
未来への手紙(オープニング)
2011年3月11日から半年後の秋、全日本テレビ番組製作社連盟の呼びかけで被災地の子ども100人がビデオレターを撮影した。そのビデオレターに2026年、新たに取材した映像を加え、再構成。ビデオレターを通して、15年の歳月を見つめる。

2026年3月11日放送 19:00 - 21:00 テレビ朝日
朝メシまで。(宮城で夜から朝まで頑張る人大調査SP)
ウエンツが東松島市の後藤水産三代目・晃一さんの漁に同行した。深夜3時に出航した。養殖池があるのは陸地から約2キロの沖合で、長さ6mのロープに吊るして牡蠣を育てている。機械で巻き取り、カゴに収穫する。1カゴに入っている牡蠣の個数は約200個。ウエンツは30キロのカゴを積み上げていく手伝いをした。東松島の牡蠣は、鳴瀬川からの栄養と荒波の影響で甘みがある引き締まっ[…続きを読む]

2026年3月11日放送 15:42 - 19:00 フジテレビ
イット!(ニュース)
東日本大震災から15年たったきょう、仙台市若林区の海岸には日の出に合わせてかつてこの地区に暮らしていた人たちが集まった。東松島市でも手を合わせる人の姿があった。

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