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「枢密院」 のテレビ露出情報

1923年9月1日、関東大震災。マグニチュード7.9、死者・行方不明者10万人。近代日本史上最大の被害を出し、帝都は壊滅した。その翌日、大震災へ対応するため新しい内閣が発足した。山本首相に内務大臣を任された後藤は、「復旧にとどまらず、復興を企画すべし」と決意表明を残している。
東京千代田区にある市政会館、かつて東京市長も務めた後藤に関する資料を数多く保存している。2年前に発見された古い封筒には「後藤」の文字が記されていた。その中には、「地下鉄の設計図」が入っていた。当時東京は、人口増加に対応しきれず大混雑。東京の街を作り直す過程で通勤ラッシュを緩和しようと考えた。道路の建設や拡張、公園の整備など復興計画を打ち出していく。しかし後藤の大風呂敷は、厳しい批判にさらされる。震災で家や仕事を失った人たちを救うために、国家予算を使うべきだという声が上がった。
東京の大動脈の1つ「昭和通り」、後藤の復興計画の一環で作られた。後藤は車社会の到来を見越して、幅72メートルの道路を計画。しかし実際の幅は40メートルで、周囲から意見もあり規模を縮小したことが伺える。復興予算は13億円から5億円以下に縮小され、地下鉄の計画も消えてしまった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年12月28日放送 9:54 - 16:30 TBS
報道の日日本の今がわかる!激動の100年ニュース
1926年、大正天皇崩御の日に遡る。崩御直後に出された毎日新聞の前身・東京日日新聞の号外。崩御の見出しと並んで元号は「光文」とあった。世紀の大誤報となり、編集幹部などの辞任へと発展。当時元号は、天皇の諮問機関である枢密院に、宮内省や内閣から候補が集められ審議された。その中に「光文」もあった。誤報後に囁かれたのは、スクープされたため急遽昭和に変更したという説。[…続きを読む]

2025年3月26日放送 22:00 - 23:00 NHK総合
歴史探偵(歴史探偵 放送100年スペシャル)
1923年9月1日、関東大震災。マグニチュード7.9、死者・行方不明者10万人。近代日本史上最大の被害を出し、帝都は壊滅した。その翌日、大震災へ対応するため新しい内閣が発足した。山本首相に内務大臣を任された後藤は、「復旧にとどまらず、復興を企画すべし」と決意表明を残している。
東京千代田区にある市政会館、かつて東京市長も務めた後藤に関する資料を数多く保存し[…続きを読む]

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