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「森瀧市郎さん」 のテレビ露出情報

「ヒロシマ・ノート」で大江さんが訪れたもう1つの場所、それが平和記念公園。当時、原水爆の禁止を求める世界大会が開かれていた。1963年8月、被爆者やその遺族が募っていた。大江さんは、平和を願い核実験に反対する人々のうねりを見届けようとしていた。しかし、東西冷戦の時代、社会主義国の核実験は認めるべきだという意見が現れ、人々の間に大きな亀裂が入った。警官隊が突入し、平和記念公園を叫び声と混乱が覆い血が流れた。平和を求めているはずの人々が対立し、分裂していく様を目の当たりにした大江さんはショックを受ける。しかし、そこでも決して諦めない”広島的な人々”がいた。
公園で一部始終を目撃していた、森瀧春子さん。混乱の中、広島の被爆者の立場から「いかなる国の核実験にも反対する」と声を上げたのが、森瀧さんの父だった。哲学者・森瀧市郎さんのその時の様子を、「ヒロシマ・ノート」は記していた。核兵器に反対する平和運動すら、国同士の争いや政治に絡め取られる現実。その中で拠り所とすべきは何なのか、大江さんは被爆者の原点に立ち平和を求める”広島的な人”たちにそれを見出す。大江さんの心に広島はどう残ったのか、「ヒロシマ・ノート」はユニークな言い方をする。”おそらくは広島こそが、僕のいちばん基本的な、いちばん硬いヤスリなのだ。”

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年12月10日放送 23:45 - 23:55 NHK総合
時論公論(時論公論)
ノーベル平和賞の授賞式で、日本原水爆被害者団体協議会は核兵器廃絶を求めるスピーチを行った。被団協は原爆投下から設立まで11年を要したが、占領下での報道規制、被爆者が立ち上がることができなかったことが要因として挙げられる。その後、原爆の恐ろしさを社会へ伝えようと、被爆体験を手記にまとめたり、被害や死没者の調査も行ってきた。設立に携わった森瀧市郎氏はアメリカの核[…続きを読む]

2024年10月16日放送 19:30 - 19:57 NHK総合
クローズアップ現代#4937 “喜びだけで終わらせない”ノーベル平和賞 被爆者の訴え
1945年8月、人類史上初めて市民の頭上に投下された原子爆弾。国からの支援はなく被爆者たちは差別や偏見に苦しんだ。18歳の時に被爆した阿部さんは右半身を大やけどし顔などにケロイドが残った。被爆者たちが声を上げるきっかけとなったのは1954年、アメリカが行った水爆実験で第五福竜丸の乗組員が被爆したことだった。阿部さんら被爆者たちは救済を求めて国に直訴。1956[…続きを読む]

2024年10月13日放送 17:30 - 18:00 フジテレビ
FNN Live News イット!(ニュース)
日本被団協のノーベル平和賞受賞が決まったことを受け、広島県被団協の箕牧理事長らが、被爆者や、長年活動を共にしながら志半ばで亡くなった歴代理事長などへの報告のため、原爆慰霊碑を訪れ献花した。広島県被団協の箕牧智之理事長らは花束を手に、平和公園の原爆慰霊碑を訪れた。そして、亡くなった森瀧市郎初代理事長をはじめとする歴代の県被団協の理事長らに、ノーベル平和賞に選ば[…続きを読む]

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