舞台は横浜駅から徒歩5分、繁華街と高台の住宅地を繋ぐ116段の階段。半世紀以上この階段をのぼり続けてきた女性、彼女に訪れた奇跡とは。その女性が階段を使う時間は決まっている。午前9時30分、スーパーの開店に合わせて高台のマンションからやってきた。階段を降りる手前で1人の男性がさっそく声をかけてきて一緒に下まで降りてもらった。買い物を終えて戻って来るのは午前11時頃、数日分の食材などでカートの重さは5kgを超えることもある。どんなに重くてもスミ子さんは毎回この階段をのぼる。声をかけてきたのは2か月前に来日ばかりの男性、見ず知らずの日本人に声をかけたのは初めてだったという。結局玄関の前まで手を貸してくれた。
スミ子さんは階段の上にあるこの家で50年近く一人暮らしをしている。スミ子さんがこの場所に来たのは27歳の時、居酒屋や食堂の調理場などで働きながら一人で生きてきた。結婚すれば家庭に入る女性が多かった時代、職場でいわれなき誹謗中傷を受けることもあり次第に人との関わりを諦めていった。スミ子さんの人生に変化が訪れたのは3年前、階段の昇り降りが辛くなってきたころだった。偶然すれ違っただけの人たちが手を貸してくれるようになった。階段で受け取る優しさ、それはまた助ける人の心にも変化をもたらしていた。スミ子さんに何十回と手を貸してきた石田さん、階段の上にある勤め先の閉鎖が決まりまもなくここを離れることになっていた。今では当たり前になっている通勤途中の手助け、はじめは声をかけることすらためらいがあったという。
116段の階段で出会ってきたかけがえのない時間。スミ子さんが大切にしていることはいつも一緒に歩くカートのお手入れ。現れたのはこの先階段を使わなくなる石田さんだった。ささやかな思いが世界を少しだけ変える。
スミ子さんは階段の上にあるこの家で50年近く一人暮らしをしている。スミ子さんがこの場所に来たのは27歳の時、居酒屋や食堂の調理場などで働きながら一人で生きてきた。結婚すれば家庭に入る女性が多かった時代、職場でいわれなき誹謗中傷を受けることもあり次第に人との関わりを諦めていった。スミ子さんの人生に変化が訪れたのは3年前、階段の昇り降りが辛くなってきたころだった。偶然すれ違っただけの人たちが手を貸してくれるようになった。階段で受け取る優しさ、それはまた助ける人の心にも変化をもたらしていた。スミ子さんに何十回と手を貸してきた石田さん、階段の上にある勤め先の閉鎖が決まりまもなくここを離れることになっていた。今では当たり前になっている通勤途中の手助け、はじめは声をかけることすらためらいがあったという。
116段の階段で出会ってきたかけがえのない時間。スミ子さんが大切にしていることはいつも一緒に歩くカートのお手入れ。現れたのはこの先階段を使わなくなる石田さんだった。ささやかな思いが世界を少しだけ変える。
