帰国後に漱石は、吾輩ハ猫デアルを発表。装丁を知り合いの画家に頼んだという。カバーは主役の猫がギリシャ神話の神様の姿に。本文中にも挿絵をはさみ、見て楽しむ事にこだわった当時としては異例の豪華本だった。晩年の作品のこゝろでは自ら本のデザインを行った。主人公の元に先生の慕う人物から届いた遺書。友人を自殺に追い込んだ後悔と自らの幸せと揺れる心情が綴られている。そのこゝろの復刻版をみることになった時に祖父江さんは漱石の思いを最大限にいかすデザインを試みた。表紙の模様はどちらも白抜きの中国古代文字の石鼓文。初版で漱石は、直筆の文字を版画に起こして印刷している。祖父江さんは漱石の直筆をそのまま印刷し、筆致がより生き生きと鮮明になる。扉絵に印刷された仙人風の高士の絵は彫刻家による版画だが祖父江さんは、漱石自らが描いた下絵に差し替えた。さらに漱石の直筆原稿を手に入れてその文章のまま活字を組んだ。作者が秘めた心情までもリアルに伝えるブックデザイン。読書が唯一無二の貴重な経験になるようにと。