沖田×華さんは当時の苦労として、患者さんの顔が覚えられない、その時は覚えられないという感覚がなくてわからない、患者さんがわからないと言ったらメガネかけたらと言われ、かけてみるけど分からない、というのがたくさんあったという。さらにコミュニケーションが苦手で気がついたらすごく嫌われているパターンが多くて、病院も転々としたという。看護師の仕事は念願だったと言うが看護師を続けることが出来なかった。手掛けた漫画には、生きづらさを感じることもあったご自身の日常が笑いを交えて描かれたものもある。いわゆるやらかしも編集者と一緒に乗り越えてきたという。そして生まれたヒット作が産婦人科でアルバイトした経験をもとにしたという「透明なゆりかご」。さらにドラマ化されると文化庁芸術祭で大賞を受賞。沖田は、漫画家になって一番良かったのは誰にも怒られないことだといい、漫画を描いて全部周りの人が肯定してくれる、100%褒めてくれる世界がいままでなかったので、異世界で漫画を描いているみたいだと話していた。
