神田川は人工的に作られた川。誕生のきっかけは江戸城を悩ませていたある大問題。それは江戸城をそばを流れる平川の洪水。丸ノ内線が飛び出す理由は元々、台地だった場所を掘り下げて神田川を通したから。ここから隅田川までの神田川を徳川家康を作らせた。神田山を削る工事を行ったのは伊達政宗。続いて聖橋。出来たのは昭和2年。実は若き2人の設計者の東京の未来を見据えた思いがあった。100万人の犠牲者を出した関東大震災。復興事業の1つとして聖橋ができた。人々を勇気づけるため優美さと頑丈さを持ち合わせた重厚なコンクリートアーチ橋になった。水道橋の由来は水道の橋があったから。神田浄水は江戸の街に飲料水を供給するために作られた日本初の上水道。江戸城周辺は井戸を掘っても海水ばかりで飲料水に乏しかった。水道の開発は生活水準を高め江戸は人口100万人を超える大都市となった。
